いま読んでいるのは ジャム それから アレクサンドロス大王
ヘレニズム文化の功労者も、生い立ちから戦争に明け暮れる半生記、そして インダス川まで達したあくなき東方へのこだわり。 両親は性格の違いで離婚、それには領土や政治に対する認識の違いがあったかもしれない。などなど紹介することも多いけれどまたの機会にして
ここではジャムのことを書いてみます。 くだものや野菜 旬の季節はそのまま生で食べて 残ったらどうやって保存するか。
塩に漬けるというアイデアはあった。 しかし これでは漬物になってしまう。 ほかに ハチミツや砂糖に漬けたら長い間貯蔵できることがわかってきた。 さらに煮詰めると、甘くて、そのままでも食べることができ 保存方法としてもすぐれていることがわかった。
昔はハチミツはともかく昔は砂糖がなかなか手に入らなかったらしい。 紀元前334年、アレキサンダー大王のインド遠征に従軍した将軍は 「インドには蜂の力を借りずに葦から採る蜜がある」と報告している。 どうやら、サトウキビの汁を煮詰めて砂糖を作る方法をインド人は知っていたらしい。
砂糖は、7世紀ころにはメソポタミアをへて地中海沿岸部に広まり、11-13世紀にかけて 十字軍の騎士たちによって知られるようになった(数学や化学知識と一緒に、アラビア文明がヨーロッパに伝わったらしい)。
16世紀にノストラダムスは、有名な大予言のほかに、栄養保険用のジャムの作り方を書いた本も書いた。
ナポレオンは軍隊の食事の確保のため、1795年に賞金12000フランをかけ、食品の保存技術を募集した。 その結果フランス人のアペールが瓶詰めに保存する方法を考えた。 なお、缶詰は1810年にイギリスのデュランが考えた。
1860年に 微生物の腐敗作用を研究したパスツールが、瓶詰めを密封と加熱処理をすることで 長期間保存できることを理論的に解明した。 もともとジャムは高糖度ゆえ腐りにくいが、密封することで更に長く保存できるよになった。
国際基準では糖度65パーセント以上をジャムとしている。 これに対して日本では糖度40パーセント以上をジャムとしている。 日本ではカロリーが低く、甘みを抑えたものが好まれるかもしれない。 したがって、日本の低糖度のジャムは外国ではジャムとみなされないことがある。
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