木内信敬著 筑摩書房
ジプシーの語源は 彼らはエジプトから来たということで、英語ではイージプシャンと呼ばれていたが やがて、先頭のイーがとれて語尾もなまって、ジプシーとなった。 ドイツではツィゴイネルと呼ばれ、フランスではジタンと呼ばれ、ヨーロッパにはボヘミア地方から流れてきたということでボヘミアンとも呼ばれた。
しかし、ジプシー自身は自分のことをロム(複数はロマ)(人間という意味)と呼んでいる。 彼らの使う言葉はロマニー語であるが、ロマニー語には文字がない。
その後研究が進むにつれ、彼らはインド出身ということになった。 ドイツの言語学者グレルマンが、ジプシーのロマニー語はインドの古い言語のサンスクリット語のある時期のかたちによく似ていることを指摘した。 つまり、ジプシーの言葉ロマニー語は、インド・ヨーロッパ語の一種なので、ジプシーがヨーロッパの言語をすぐ覚えるという語学の天才と言われるのは、インド・ヨーロッパ語という同じ言語圏にあるからであろう。
彼らは文献によれば15世紀にはじめて西ヨーロッパに現れた。 旅をしながら流浪の生活をする集団であった。 主だったものが馬に乗り、残りは徒歩で、テントや荷物を担いで移動した。 現代のジプシーはトラックやキャンピング・カーで移動するという。 適当な野営地を見つけてしばしそこで暮らすのであったが、世界が国とか国境の意識が強くなってくると、(土地の不法利用だから)彼らもその国の支配を強く受けるようになり、定住するジプシーも増えてきた。
彼らの伝統的な仕事は 馬の飼育と売買 季節的な農作業の手伝い イカケ、鍛冶の仕事 カゴづくり、薬草の採集 占い 音楽、踊り、見世物 などがある。
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この本の統計では、ユーゴスラビアに最大のジプシー人口があることになっているが (1975年) 現在はどうなったであろうか。 次にジプシー人口の多いのはルーマニア、スペイン、ハンガリーである。
ジプシーが自分たちをロマ(人間)と呼んでいるのは アイヌという言葉は人間という意味で、アイヌ人たち自分たちをアイヌ(人間)と呼び、倭人をシャモと呼んでいたように どの民族も自分たちは人間で、他民族とは区別していたようである。
カルメンもジプシーであったように、ヨーロッパ人のジプシーに対する見方は、音楽好き(フラメンコの上手な踊り手はほとんどジプシー)、占いに秀でている、野生的で時には無法的、女は誘惑的というやや固定観念にとらわれたものである。 だが、フランスではジプシーの子供に被害を受ける日本人旅行者があとをたたないように、要注意の集団であることは確かだ。
柳田国男は朝鮮半島からわたってきた傀儡子(くぐつし)集団が 芸能や占いなどの生業をして全国を移動していたことを注目して ジプシーとの相似性を指摘している。 この傀儡子集団の芸から、阿国歌舞伎ができたり、川原乞食と呼ばれる芝居芸人集団ができたり、恐山のイタコや朝鮮に残るムーダンが今に残っている。 旅芸人としての伊豆の踊り子もやはり、蔑視されていたのであろう。あの小説に、旅芸人は村に入ることを禁ずるという立て札のことが書かれてあった記憶がある。
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