みなさん こんにちはそんなことにならなくてよかったと思っていますが、現実にはあるのですね。メキシコ沖で、カーニバル・スプレンダー(11,3000トン)のエンジン室が火事になり、エンジンが動かず、航海できなくなっているそうです。乗客3,299名は水のボトルと冷えた食事を与えられてはいますが、部屋から出て上の方のデッキにいるとか。トイレはどうしているのでしょう。気温は暑いらしく、エアコンがきかず、大変なことです。米海軍の空母が食料を届ける用意をしているそうですが、どうなることやら。自力でロングビーチの港に戻ろうとしていますが、エンジンが起動できないときはタグボートで引っ張る用意をしているそうです。 紫竹の(小澤)
みなさん こんにちは続報:客室のトイレと水は供給できるようになっているそうです。でも、湯は出ない。タグボートに引かれて、Ensenadaに着くことになったとか。もう着いたかな?でも、上陸できるのかどうか。とにかく、えらいことです。こんな目に会いたくないですね。
紫竹のさん、 みなさん こんにちはたまにあるんですね。海外旅行に行って事故にあいませんように。
紫竹のさん、みなさん、こんばんは。> 続報:客室のトイレと水は供給できるようになっているそうです。でも、湯は出ない。> タグボートに引かれて、Ensenadaに着くことになったとか。もう着いたかな?> でも、上陸できるのかどうか。> > とにかく、えらいことです。こんな目に会いたくないですね。 なんか、船はメキシコで応急修理してから帰港、乗客はバスで乗船地へ輸送するとか。 http://www.latimes.com/news/local/la-me-cruise-ship.eps-20101110,0,7383735.graphic http://maritimematters.com/2010/11/carnival-splendor-fire/ヴィデオ= http://www.nowpublic.com/world/carnival-splendor-fire-coast-mexico-ship-stranded-2725955.html 空母ロナルド・リーガンも出動とか。
唐辛子紋次郎さん、みなさん こんにちは> なんか、船はメキシコで応急修理してから帰港、乗客はバスで乗船地へ輸送するとか。はい、ようやく、6艘のタグボートに引かれて着いたようですね。三夜の、温かい食事もない、エアコンもないひどい状態から解放されたようですね。まずまず、よかった。でも、降りるのにもエレベーターが動かないので、えらいこっちゃ。http://www.usatoday.com/travel/cruises/2010-11-11-1Acruise11_CV_N.htm?loc=interstitialskipまったく、こんな目には会いたくないですね。私が、初めて乗ったクルーズ船はサファイアプリンセスでした。これは、浸水前はダイアモンドプリンセスになるはずだったのですが、例の艤装中の火事で納入が遅れたため、サファイアプリンセスになるはずだった船がダイアモンドプリンセスとして納入されたのです。で、私の乗ったサファイアプリンセスは、その火事になった船だったわけ。そう言えば、オーストラリアからニュージーランドへのあらい海でもまれた時、ギシギシ言っていたような気がします。 紫竹の(小澤)
紫竹のさんの初めてお乗りになったクルーズ船は、これでしょうか。http://www.princess.com/learn/ships/sa/index.html
唐辛子紋次郎さん こんにちは> 紫竹のさんの初めてお乗りになったクルーズ船は、これでしょうか。>>http://www.princess.com/learn/ships/sa/index.htmlはい、そうです。私のホームページに紀行文も載せていますし、また、船の写真集にも載せています。また、上記ページの下の方のBridge Camで時々刻々の情景を見ることが出来ましたので、ある程度、港の様子を予習することが出来ました。現在は、夜の洋上なのでカメラを後ろに向かせ、ブリッジから後方を映しているようですね。例えば、Dawn Princess のBridge Cam ですと、オーストラリアのHobartに入港するところ?また、Diamond Princess ですと、上海への洋上ですね。 紫竹の(小澤)http://homepage1.nifty.com/ozawaky/
紫竹のさん これは、エライことですね。 だから、船に乗ると避難訓練をやるのですね。「救命胴衣」の着方を直されました。 なにしろ、私にしてみれば特大サイズで、結んだひもの先が足首まで達してしまうのですよ。
コンバンハ俺、40年近く船員ヤッテマシタが、救命胴衣付けた記憶が殆どナイ!タマに訓練で、付けたくらいかなぁ〜・・・。座礁して、SOSは一度出したけど。5万トンのバラ積み船で、冬季北太平洋の真ん中で、折れそうになったことが何回か在りましたよ。戦争中、輸送機に乗ってましたが、南シナ海、海南島沖で、救命胴衣を着けて、7〜8時間泳がされたけれど、海水温度が低いので、寒くて、胴震いしてきたよ。海蛇と一緒に泳いでました。今日もコナミのプールで、2時間ほど泳いできましたが、平和っていいなぁ〜・・・!
BUPさん こんにちは> 俺、40年近く船員ヤッテマシタが、救命胴衣付けた記憶が殆どナイ!> タマに訓練で、付けたくらいかなぁ〜・・・。> 座礁して、SOSは一度出したけど。> 5万トンのバラ積み船で、冬季北太平洋の真ん中で、折れそうになったことが何回か在りましたよ。あれえ、そういうご職業でしたか。では、いろいろ教えていただけそうですね。何となく神戸に移住したのですが、目の前を小さなタグボートがあっちへ行ったりこっちへ行ったり。そして、ちょっと出かければ大きな客船の入出港も時には見られるので、楽しんでいます。で、撮りためたものをホームページに載せています。でも、素人ですので、いい加減なものです。お気づきのことがあればお教えください。> 戦争中、輸送機に乗ってましたが、南シナ海、海南島沖で、救命胴衣を着けて、7〜8時間泳がされたけれど、海水温度が低いので、寒くて、胴震いしてきたよ。> 海蛇と一緒に泳いでました。> 今日もコナミのプールで、2時間ほど泳いできましたが、平和っていいなぁ〜・・・!私も、救命胴衣はクルーズの一日目の訓練だけです。あれで、一旦緩急あった場合に対処できるかどうか、怪しいものです。http://homepage1.nifty.com/ozawaky/
紫竹のさん コンニチハ紫竹のさんのサイトは、チョイチョイ拝見させ頂き、往時の神戸を懐かしんでますよ。東南アジアの定期航路を永年やってましたので、貨物の上げ下ろしで神戸には1〜2週間くらい停泊してました。停泊場所は税関の傍の岸壁が多かったようです。六甲からの画像では港の姿も、昔とすっかり変わってますね。独身時代は、元町のバーが定位置で、其処を根城に遊んでました。その後は、芦屋に会社の宿泊施設が御座いましたので、其処で、短い日を過ごしてましたが、神戸の想い出には限りが御座いません。当家の娘どもは”芦屋産”です。
マーチャン こんにちは> だから、船に乗ると避難訓練をやるのですね。「救命胴衣」の着方を直されました。> > なにしろ、私にしてみれば特大サイズで、結んだひもの先が足首まで達してしまうのですよ。今度の場合は、沈むわけではないのですから必要ないですが、なぜ、ちょっとした火事でこんなことになったか。船が動けなくなっても、通常の電気は使えるとか、電灯が消えたりやエアコンがとまっても、船は動けるとか、何か残るようになっているでしょうのに。よほどとんまな設計をしたのでなければ起こらないことですよね。このクルーズ会社の、一番初めの船の処女航海では、マイアミ沖で砂に座礁したのだそうです。処女航海ですから、沢山の報道関係や何かを招待していたでしょうのに、とんでもないことになったわけです。さっそく、ビールやワインをフリーでふるまってごまかしたらしいですね。クルーズ全体では、数年に一度はこういった事故(今度のはひどいけど)が起こるようですが、そのあと、特にお客が減るということはないそうです。
紫竹のさん、みなさん こんにちは 火事もこわいですが、いまネットでみると、中国の貨物船Xiang Yuan号(29人乗りパナマ船籍)がソマリア沖のインド洋で、海賊(人数などは不明)に捕まったようですね。火事のほか、海賊もさいきんでは怖いものの一つになってきました。 船は現在、ソマリア海岸に向かっているとか。自衛隊にも、またひとふん張りしてもらわなくっちゃ。この船が当時何をやっていたかは知りませんが。(まさか、お得意の諜報活動ではないでしょうが(^_-)-☆)
唐辛子紋次郎さん、紫竹のさん、みなさん こんにちは30年くらい以前に、五千トンくらいの高速冷凍貨物船で、ケープタウン、ダーバンなどで果物・野菜を積み、イエーメン、クエート、ジェッダなどに運んでましたが、当時は海賊の危険はありませんでした。20ノットくらいの高速で突っ走っていたので、追い付けなかったのかなぁ〜・・・。船員は、日本人数名、他は韓国人、またはフィリッピン人でした。(食べ物が、口に合わず、往生した記憶が・・・、バナナとオレンジばっかり食ってました)