[掲示板へもどる]
一括表示

[No.232] パチンコに熱中 投稿者:   投稿日:2010/12/18(Sat) 22:53
[関連記事

 若い頃、パチンコに夢中になったことがありました。旧式の台の頃です。むかしの器械はスピードが遅くのんびりして面白かったですね。玉のかわりにトークン(メダル)をいれるのもありましたよ。

 会社の旅行でも、旅先でよくやりました。東京で働いていた頃のことを思い出します。一時、心に鬱屈すことがあり、気を紛らすために毎日のようにパチンコ屋に通いました。一番やったのは、いつか有楽町駅前の店で、看板(夜の11時頃だったと思います)までやったことがあります。

  店員がそばまでやってきて「お客さん、すみません。もうそろそろカンバンなんすけど」と云いにくそうに云ったとき初めて時計を見ました。

 ええっ、こんな時間までやっていたのか、と驚いたことがありました。ものの本によりますと、昭和26年がピークだったそうですね。

 縦型の台というのは戦後初めて出来たのではないでしょうか。こどものころにあった器械はたしか、床に平行の台でした。

 玉もああいう鉄の玉でなはく、大きな白い樹脂製の玉だったと思いまます。


[No.234] Re: パチンコに熱中 投稿者:男爵  投稿日:2010/12/19(Sun) 06:21
[関連記事

唐辛子 紋次郎さん  こんにちは

>  若い頃、パチンコに夢中になったことがありました。旧式の台の頃です。むかしの器械はスピードが遅くのんびりして面白かったですね。玉のかわりにトークン(メダル)をいれるのもありましたよ。

>  縦型の台というのは戦後初めて出来たのではないでしょうか。こどものころにあった器械はたしか、床に平行の台でした。
>
>  玉もああいう鉄の玉でなはく、大きな白い樹脂製の玉だったと思いまます。

床に平行で、大きな白い玉というのは
かすかに記憶がありますが
縦型の台でも
一つ一つ玉ほ手で入れる方式でしたね。
片手で入れて、もう片方の手ではじく。

そうやって
手を上手に使うことができる人はプロ。

今の機械は、そういう手動のテクニックを受け付けない構造になっていますね。
スピードアップされて、お金がどんどんなくなっていく(玉が出るのもスピードアップだが)。


[No.239] Re: パチンコに熱中 投稿者:   投稿日:2010/12/19(Sun) 13:18
[関連記事

唐辛子紋次郎さん  こんにちは

昭和30〜40年代前半、地方都市へ出張すると駅前には大抵パチンコ屋がありました。
移動のための次の列車の時刻を確かめてからパチンコ屋へ入ります。30〜50分ぐらい
の時間潰しが目的です。1玉2円で左手の指先でひとつづつ玉を穴へ押し込んで
右手の親指で弾くというノンビリしたものでした。大儲けも大損もなく格好の時間潰
しでしたが或るとき珍しくチンジャラジャラ〜〜と出るわ出るわで箱が満杯の大儲け
(^-^)まだまだ粘ればもっと出そうだと思ったら列車の時刻が迫っていて後ろ髪を引か
れる思いで店を出たのが悔しい思い出です。

高度成長とともにパチンコ台も大変貌し電動の連発式になって個人の腕(指)よりも
運が左右するようになり賭博性が強くなったのでスッパリ止めました。もう30年以上も
パチンコ屋へ入ったことがなく、興味もありません

     さんらく亭@甲子園


[No.242] Re: パチンコに熱中 投稿者:男爵  投稿日:2010/12/19(Sun) 14:49
[関連記事

さんらく亭さん

> 昭和30〜40年代前半、地方都市へ出張すると駅前には大抵パチンコ屋がありました。
> 移動のための次の列車の時刻を確かめてからパチンコ屋へ入ります。30〜50分ぐらい
> の時間潰しが目的です。1玉2円で左手の指先でひとつづつ玉を穴へ押し込んで
> 右手の親指で弾くというノンビリしたものでした。大儲けも大損もなく格好の時間潰
> しでしたが或るとき珍しくチンジャラジャラ〜〜と出るわ出るわで箱が満杯の大儲け
> (^-^)まだまだ粘ればもっと出そうだと思ったら列車の時刻が迫っていて後ろ髪を引か
> れる思いで店を出たのが悔しい思い出です。

時間制限があるから
心が最高の状態になって、最大の結果が得られるようです。

時間がたっぷりあると
かえって邪心がじゃまするのか
そういう時は出ないものです。


[No.250] Re: パチンコに熱中 投稿者:  投稿日:2010/12/20(Mon) 00:06
[関連記事

  唐辛子紋次郎さん、皆さん。

>  縦型の台というのは戦後初めて出来たのではないでしょうか。こどものころにあった器械はたしか、床に平行の台でした。

 此れは、スマートボールといいましたね。パチンコ店とスマートボール店とがありました。尤も、スマートボールの方は早く廃れましたが。

 私は、パチンコは儲かる物だと思っていました。と言うのは台の傾き具合を見てどの台で遊ぶか決めていました。台のトップ(一番上の部分)が幾らか後ろに倒れてるようなのを探して打っていました。

 その様な台ですと良く出るので機械に入っている玉が全部出るまで打ち、その後は空打ちしていました、此れですと打った球が殆ど入るので店のお姉ちゃんに見つかると喧しく注意されました、でも空打ちの味を覚えてからは何処の店でも其れをやっていましたので当時は殆ど負けませんでした。

 然し、玉を1個づつ手で入れる機械から半自動に変り始める頃から機械の内容も変り出玉が極端に悪くなり止めるきっかけになりました。今思えば手で入れながら打つあの感触が懐かしいです。


[No.251] Re: パチンコに熱中 投稿者:男爵  投稿日:2010/12/20(Mon) 05:35
[関連記事

昭さん

> >  縦型の台というのは戦後初めて出来たのではないでしょうか。こどものころにあった器械はたしか、床に平行の台でした。

>  此れは、スマートボールといいましたね。パチンコ店とスマートボール店とがありました。尤も、スマートボールの方は早く廃れましたが。

そうか
スマートボールでしたか。
昭和37年の札幌にまだありました。

スマートボールもパチンコも
景品を店の裏あたりで現金と引き替えたのでしたか。


[No.263] Re: パチンコに熱中 投稿者:  投稿日:2010/12/21(Tue) 09:32
[関連記事

  男爵さん。

> そうか
> スマートボールでしたか。
> 昭和37年の札幌にまだありました。
>
> スマートボールもパチンコも
> 景品を店の裏あたりで現金と引き替えたのでしたか。

 どちらも店近くの路地裏に現金化用の窓口がありましたですね。当市の場合は、小さな板チョコが現金にする景品でした。


[No.266] Re: パチンコに熱中 投稿者:男爵  投稿日:2010/12/21(Tue) 13:05
[関連記事

昭さん。

>  どちらも店近くの路地裏に現金化用の窓口がありましたですね。当市の場合は、小さな板チョコが現金にする景品でした。

あのしくみが
当時はよくわからなかったのです。
パチンコ屋と引き替えの男は仲間だったのですね。


[No.270] Re: パチンコに熱中 投稿者:  投稿日:2010/12/21(Tue) 18:19
[関連記事

男爵さん。

> あのしくみが
> 当時はよくわからなかったのです。
> パチンコ屋と引き替えの男は仲間だったのですね。

 当地の現金交換の窓口は、おばちゃんばかりで男性には会わなかったですね。
交換所もパチンコ屋の息のかかった者のようでしたね。