山田洋次:映画をつくる
古書店で100円で買った本だが 何度も読み返している。
「おかしさ」とはどういうことか。 著者が松竹に入りたてのころ 新宿に50円食堂というのがあった。 カツ丼、天丼 なんでも50円。 ショウ・ウインドウにはそれこそ看板に偽りありを 絵に書いたような見本が並んでいた。
そこへ中年のおばさんがやってきて よせばよいのにウナ丼を注文した。 運ばれてきたのは、消しゴムぐらいのウナギがちょこんと乗っていたもの。 アッというおばさんの情けない声がとても印象的だった。
人に話してもみんな笑う。しかし、本人のみになったらとても悲しいことなのだ。
寅さんが町の印刷工場の工員たちに向かって「労働者諸君」と呼びかける。 あるいは若い男をつかまえて「おい、青年」といったりすると、とてもおかしい。
高級なメロンのもらいものをした とらやの人たちがみんなで切って食べようとしたとき たまたま寅さんがその場にいなくて 彼の分をとっておくのを忘れて分けてしまう。
みんなが食べはじめようとしたとき寅さんが帰ってくる。 自分の分がとっていないことに気がついて怒り出す寅さん。
観客がみんな笑う場面だが見る人によって笑い方が微妙にちがう。 たとえば浅草の映画館では、寅さんのためにとっておかないのは明らかに悪いという判断が強くある。 だから笑いの量は少ない。 新宿の映画館で見ていると、メロン一切れぐらいで大騒ぎする寅さんや貧しいその肉親たちがこっけいだという感じ方のほうが強い。
笑いには自己の体験が微妙に関係する。
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