夏井いつきさんの「絶滅寸前季語辞典」は大変な本だ。ここに書名を明かしただけで、あっしなど、国家反逆罪でふん捕まるかも知れない。
『壁に耳あり障子に目あり』とはよく云った紋だ。
とはいうものの、こう書きだしてしまっては、引っ込みもつかぬ。
しかし、読者のみなさん、この本を読んでも構わぬが、225ページから26ページだけは、どうか遠慮をしてもらいたい。
『菊枕』と云うのが出ている。菊を干して中へ詰めた枕だそうである。それがどーした、と早速詰め寄られそうだが、これを常用するときは、始皇帝もついに如何ともできなかった不老長寿(のくすり)も、なんなく手に入るという。
しかし、著者によると、もしこの事実を世間に公開すれば、これを知った農家がたちまち米や野菜をおっぽり出して、菊つくりに狂奔するようになる。これが既定の事実である、食糧不足に更に拍車をかけるのだそうである。著者の周章狼狽ぶりは、つぎのくだりを読めばいっそうよくわかる。著者は終わりの所で、
一刻も早く「菊枕禁止条例」を可決せねばオソロシイことになる、と悲鳴を上げているのだ。これでは、読む方だってビビッてしまう。
さきほどのは秋の部だが、夏の部にも、紋題の季語があった。
陶枕(トーチン)という。陶器の枕でべつにめずらしいことはないが、そういう当たり前の枕が季語に昇格することに、著者は腹が立ってしょうがない。季語辞典には、同時に 磁枕、青磁枕、白磁枕などが掲載され、それで終わりならまだまだ許せるが、その後に石枕、金枕、竹枕、木枕、瓦枕までがぞろぞろ出てきて、著者を呆れさせる。なら、あたしの部屋にだってと、著者は猛烈に対抗心を燃やす。
広辞苑枕、新言海枕、山本健吉基本季語五〇〇選枕、現代用語の基礎知識枕、ハローページ枕とつぎつぎ精鋭を繰り出してくる。
これでたんなければ、北枕、岩枕、膝枕、初枕、歌枕、ひじ枕、なにもあっしまでが、向きになって、これまで一度もお目にかかったことのない夏井さんに、加勢することはない。(*^_^*)
夏井いつき著「絶滅寸前季語辞典」
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