http://www.youtube.com/watch?v=_TsFONJfh3g 男純情の愛の星の色 冴えて夜空に唯ひとつ あふれる想い 春を呼んでは夢見ては うれしく輝くよ 思い込んだら命がけ 男の心 燃える希望だ憧れだ 燦めく金の星 佐伯 孝夫 作詞 佐々木 俊一 作曲 ーーー当時、商業学校の生徒で「ワシは不良や」といっていた従兄弟が この歌を教えてくれました。 「学校で歌ったらあかんで」とも言っていました。 何が言いたいのかはっきりしない、ちょっともどかしいような歌詞ですね。 でも、これが軍国主義、華やかなりし頃に許された「恋の歌」だったのでしょうか。
マーチャン こんにちは> http://www.youtube.com/watch?v=_TsFONJfh3g燦めく星座/灰田勝彦 ですね。立川談志の本にも書いてありましたがハワイで成功した父親のあとを継ぐべくハワイから日本に来て医師の勉強をするつもりで来日した灰田勝彦は兄と二人でそれぞれ獨協中学に進学して医師への道を志すがスポーツに熱中して、医学部への進学はあきらめ、立教大学予科に進学した。二人でハワイ音楽を広めハワイアンのみならず流行歌のレコーディングも行うようになる。人気アイドルの高峰秀子と共演した南旺映画『秀子の応援団長』では、劇中で歌った挿入歌「燦めく星座」が主題歌「青春グランド」を抜いて40万枚の大ヒット。やはり忘れてならないのは「鈴懸の径」ですね。こんな軟弱な歌がよく検閲をとおったもの。「バタビアの夜は更けて」「加藤隼戦闘隊」「ラバウル海軍航空隊」とレコードのヒットは続く。このあたりBUPさんのコメントありそう。というわけで「鈴懸の径」ですね。http://bunbun.boo.jp/okera/saso/suzukakenomichi.htm
> このあたり> BUPさんのコメントありそう。俺はコレ ↓ 空の神兵http://www.youtube.com/watch?v=sZwRg-rNnzs
> > BUPさんのコメントありそう。> 俺はコレ ↓> 空の神兵> http://www.youtube.com/watch?v=sZwRg-rNnzsやはり BUPさんの歌ですか。
コンニチハ今日は暖かくて、やっと春が来てくれた、と言った感じの日和でした。久しぶりに家内とコナミのプールへ・・・、しばらく泳いでないので、調子は今一つでした。 (なんぼ蹴っ飛ばしても進まない・・・)> やはり BUPさんの歌ですか。でもないけれど・・・ネ、 あちらこちら検索しまくってると、懐かしい歌が沢山出てきて、思わず、最後まで聞いてしまい”家内”(オッカナイ)に怒られてますよ。戦友の遺骨を抱いてhttp://www.youtube.com/watch?v=6iqOgjVH-Gs&feature=related暁に祈るhttp://www.youtube.com/watch?v=7WOVJbs4pOM&feature=related特攻隊節http://www.youtube.com/watch?v=rWt0TJiSGWM&feature=relatedラバウル海軍航空隊 http://www.youtube.com/watch?v=pU9WyCLNEF8&feature=relatedhttp://www.youtube.com/watch?v=J8wL4IfmRtw&feature=related===============湖畔の宿http://www.youtube.com/watch?v=Vepns1hVQ_8 ↑ これなんですが、俺より一年ほど後に現地に来たヤツが変な歌を歌ってたんです。そいつに教わったのがコレでした。兵隊の唄ばかりで、申し訳ないので追加させて頂きました。こういう歌も聴いていたんですよ。
BUPさん コンニチハ> 湖畔の宿> http://www.youtube.com/watch?v=Vepns1hVQ_8> ↑ これなんですが、俺より一年ほど後に現地に来たヤツが変な歌を歌ってたんです。高峰三枝子ですね。日独伊三国軍事同盟が締結され、日本が戦争に向かい始めた昭和15年(1940)に発表され、大ヒットした歌。よくこんな感傷的な歌が許されたものだと思います。まだ締め付けも厳しくなかったのでしょうか。
> 人気アイドルの高峰秀子と共演した南旺映画『秀子の応援団長』では、劇中で歌った挿入歌「燦めく星座」が主題歌「青春グランド」を抜いて40万枚の大ヒット。> > やはり忘れてならないのは> 「鈴懸の径」ですね。> こんな軟弱な歌がよく検閲をとおったもの。 森の小径 ほろほろこぼれる 白い花を うけて泣いていた 愛らしいあなたよ http://hirosikun.at.webry.info/200806/article_7.html ーーーこちらも負けずに「軟弱」でござりまする。
懐かしい画面です。なぜかというと 蓄音器の針が竹だからです。私も 3歳のころ家で「お山の杉の子」とか「あめふりお月さん」とか聴いていたとき竹針でした。かねの針もありました。竹は減るとはさみできる。幼少の頃は 一日が暇でひまで、スペイン交響曲もききました。75回転で裏表で15枚くらい一曲でありました。なんか自慢みたい・・・。すみません。
みゅう鈴木さん> 懐かしい画面です。なぜかというと 蓄音器の針が竹だからです。> 私も 3歳のころ家で「お山の杉の子」とか「あめふりお月さん」とか聴いていたとき> 竹針でした。かねの針もありました。竹は減るとはさみできる。幼少の頃は 一日が> 暇でひまで、スペイン交響曲もききました。75回転で裏表で15枚くらい一曲でありました。なんか自慢みたい・・・。すみません。 我が家でも聴きました。 警戒警報の出ているときに。 蓄音機を押し入れに入れて上から布団をかぶせて 聴きました。 「ダニューブ川のさざなみ」などでした。