みなさんは今までに観た芝居や映画に、たくさん思い出があるでしょう。
心に残る芝居、楽しかった映画
それから俳優や女優について思うことをどんどん書いてください。
もちろん最近見た芝居や映画、これから見たい舞台や映画も歓迎します。
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[No.349]
Re: 時計じかけのオレンジ
投稿者:DeBugman
投稿日:2013/09/22(Sun) 07:33
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おはようございます。
> 私はドイツの映画館で時計じかけのオレンジ A Clockwork Orange (1971年)を見ましたが、難解な映画でした。
若者の暴力行為の意味がよく理解できませんでした。英国では上映中止になったということですから皮肉です。
『博士の異常な愛情』もドイツでご覧になるべきでした。米国大統領の科学顧問である「博士」は、大統領を無意識のうちに総統閣下と呼んでしまう元ナチ党員のマッドサイエンチスト。観客の反応を見るのも映画の楽しみ方のひとつ(?)。
[No.348]
Re: 渚にて
投稿者:男爵
投稿日:2013/09/22(Sun) 07:09
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> 渚にて 1959年 公開
> http://movie.walkerplus.com/mv6569/
>
> 。第3次世界大戦の原水爆による使用のため、地球上の北半分は絶滅し、死の灰は南半球にも迫っていた。
1950年代は核実験のため
世界の人びとには将来に対する暗い気持ちが漂っていた。
そういう時代背景のもとで、映画「渚にて」はつくられた。
日本でも
ゴジラやモスラなどの怪獣映画がつくられたのは
原水爆実験で地球環境が汚染されることがあったからであろう。
>「ゴジラ」 1954年公開
>この年の3月1日にビキニ島の核実験によって起きた第五福竜丸事件をきっかけに製作された映画。
中国は1964年から1996年までの32年間に、非公開の核実験を46回も行った.
核実験によって、現地住民に現在進行形の健康被害が多数発生し、大きな環境破壊と汚染をもたらした。
http://www.epochtimes.jp/jp/2009/03/html/d15555.html
現地のウイグル人だけでなく、新疆ウイグル自治区ではたらく漢民族も放射能被害を受けた。
放射能被害を研究したり発表した漢人医師は左遷させられたという。
「日中共同制作シルクロード 絲綢之路」が、1980年から放映があり
多くの日本人が新疆を訪れたが、中には危険地域のことを知らず、そういう地域を訪問して被ばくした日本人もいた。
画家の平山郁夫もそういう危険地域を訪れたはずである。
中国の隣のキルギス共和国は、隣国の中国とカザフスタンのそれぞれにおいて
核実験場があったため風向きによって、放射能の降雨がきたという。
セミパラチンスク核実験場は、旧ソビエト連邦のかつての主要な核実験場である。カザフ共和国(現カザフスタン)の北東部にある。
かのゴルバチョフ大統領の夫人もここで放射能をあびたため白血病になったという。
福島原発事故も、そういうわけで(これらの映画や核実験とは)無関係ではないのです。
[No.347]
渚にて
投稿者:男爵
投稿日:2013/09/22(Sun) 05:59
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渚にて 1959年 公開
http://movie.walkerplus.com/mv6569/
。第3次世界大戦の原水爆による使用のため、地球上の北半分は絶滅し、死の灰は南半球にも迫っていた。
タワーズ艦長(グレゴリー・ペック)指揮の米原子力潜水艦ソーフィッシュ号は、難を逃れてオーストラリアのメルボルンに入港した。
人類の絶滅は目の前。
静かで暗い(絶望的)映画でした。
◇ ◇
今朝ニュースを聞いていたら
トンデモナイことを聞きましたよ。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20130921-OYT1T00775.htm?from=ylist
【ロンドン=佐藤昌宏】英紙ガーディアンは21日、情報開示された米機密文書を基に、米南東部ノースカロライナ州で1961年1月に起きた米軍爆撃機からの水爆落下事故で、地面に落ちた水爆2発のうち、1発が爆発寸前の状態にあったと報じた。
事故の発生自体は公表されていたが、米政府はこれまで、爆発の危険性を繰り返し否定してきた。この水爆は、広島に投下された原爆の260倍の威力があり、爆発していれば、首都ワシントン、ニューヨークなどに「死の灰」が降り、数百万人が生命の危険にさらされたという。
同紙によると、水爆を積んだ米空軍爆撃機B52は、ノースカロライナ州ゴールズボロの基地を飛び立った直後に故障。空中で機体がばらばらになり、水爆2発が落下した。それぞれパラシュートが開き、牧草地などに落ちたが、このうち1発は、四つの安全装置のうち、三つまでが解除された状態になっていたという。
こんなのもあります。
パロマレス米軍機墜落事故
パロマレース米軍機墜落事故(パロマーレスべいぐんきついらくじこ)は、1966年1月17日にスペイン南部の上空で米軍機同士が衝突し、パロマーレス集落(自治体はアンダルシア州、アルメリア県クエバス・デル・アルマンソーラ)に水素爆弾4個が落下した事故である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%AC%E3%82%B9%E7%B1%B3%E8%BB%8D%E6%A9%9F%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85
[No.346]
智恵子抄
投稿者:男爵
投稿日:2013/09/22(Sun) 05:38
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智恵子抄(1957)
http://movie.walkerplus.com/mv25090/
監督 熊谷久虎
脚本 八住利雄
原作 高村光太郎
音楽 団伊玖磨
風俗考証 木村荘八
高村光太郎 山村聡
高村智恵子 原節子
智恵子の生家・智恵子記念館の近くを歩くと
この歌が流れてきます。
智恵子抄 コロムビアローズII
http://www.youtube.com/watch?v=4KMLS2-HAVs
丘 灯至夫(おかとしお)の自信作
[No.345]
Re: 名画「自転車泥棒」
投稿者:唐辛子 紋次郎
投稿日:2013/09/21(Sat) 22:50
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さんらく亭さん、みなさん、
> これを見たのは神戸の国鉄ガード下の二流館でした。廊下のドアが開閉するたびにWCの臭いが漂ってくる結構な所でした。平日の午後の授業をサボッて行ったら館内はガラガラでこの映画の雰囲気にピッタリだったのが妙に記憶にあります。
そんな昔なんですね。でも、よく覚えていますね。そんなとこまで。(@_@;)
> あまりに可哀想で一度しか見てないので細かいところは忘れましたが、アントニオが泥棒したのを見逃してもらって涙を流して息子の手を握ると、息子がギュッと握り返す、あのシーンだけは今も瞼に浮かびます。
考えてみると、あの監督もなかなか芸が細かいですね。
[No.344]
Re: 名画「自転車泥棒」
投稿者:唐辛子 紋次郎
投稿日:2013/09/21(Sat) 22:46
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安房守 さん、皆さん。
> あの当時のイタリヤ映画は活気がありましたね。
> 苦い米のシルヴァーナ・マンガーノ 、戦後の萎んでいた男性達を奮い起こさせました。
> デ・シーカと言えば、ロッセリーニ、
> ロッセリーニと言えばバーグマン。
> このお二方のお嬢さんも映画女優で活躍して居られるそうです。
> 時の流れをしげしげと感じます。
女優のイザベルさんも60を超えましたか。デ・シーカの方は、娘でなく息子(クリスチャン)さんですね。デシーカについては「パンと恋と夢」という出演作を見たような記憶が、おぼろげながら、あるのですが…。そういえば、ソフィア・ローレンはもう、80ですよ。(@_@;)
[No.343]
Re: 名画「自転車泥棒」
投稿者:唐辛子 紋次郎
投稿日:2013/09/21(Sat) 22:21
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昴さん、さんらく亭さん、こんばんは。
> 第二次大戦敗戦前後の混乱に生きる人々の姿を真摯に捉えたイタリアネオレアリズモの代表的なデ・シーカの作品ですね。私は公開時見ていますが、暫く経ってテレビで見たとき、アントニオが金持ちの家族がレストランでパスタを食べるのを指をくわえて見るシーンで、よく分からなかった場面、だいぶ経ってからモッツァレラチーズ(多分)だったことが分かり独り苦笑したモノです。
あっしもそう詳しいわけではありませんが、高級店ではスパゲッティだけ呉れと云ってもダメだと思います。映画の場合、バンドも入っているし、お金持ちのお坊ちゃんも他所行きを着て坐っているので、たぶん安料理屋でない事はたしかです。
貧乏暮らしのアントニオが、子供にいい顔をしようとして「スパゲッティ(だけ)を呉れ」と頼んで、途端にボーイに断られたのは、そのためなんでしょうね。今は一品でも頼めるのが普通のようです。考えてみりゃあ、スパゲッティなんか、どこの家でもみな作って食べているし、ピザなどは駅の売店にだって、小さいのだったかもしれませんが、売っているんですもんね。
あっしは、向こうへ行くと、何とかと何とかは飛ばして、ワインとスパゲッティだけを呉れと頼んだりしますが、べつに紋題はなかったようです。
> デ・シーカのこれより2年前の「靴みがき」(46)も見応えがあった記憶、アカデミー特別賞受賞作です。
あの頃の作は、ジーンと心に沁みるものが多かったですね。モノクロ万歳!
[No.342]
Re: 名画「自転車泥棒」
投稿者:安房守
投稿日:2013/09/21(Sat) 22:04
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紋次郎さん 皆さん
あの当時のイタリヤ映画は活気がありましたね。
苦い米のシルヴァーナ・マンガーノ 、戦後の萎んでいた男性達を奮い起こさせました。
デ・シーカと言えば、ロッセリーニ、
ロッセリーニと言えばバーグマン。
このお二方のお嬢さんも映画女優で活躍して居られるそうです。
61歳だそうです。
時の流れをしげしげと感じます。
安房守
> 失業者のあふれる職安前からこの映画は始まる。自転車があれば、ビラ張りの仕事にありつけると云うのでアントニオはなけなしのお金を工面して、自転車を質屋からだし、張り切って初仕事に出る。
>
> ところが、現場に着いたアントニオが、梯子を使ってリタ・ヘイワースのポスターを壁に貼っている隙に、商売道具の大切な自転車をかっぱらわれてしまう。そこでアントニオは仲間や、息子のブルーノと泥棒市などを回って懸命に探すが、どうしても見つからない。
>
> ところで、イタリアの映画人は、子役の使い方がじつに上手い。ここでも、主役のアントニオが食われるほどの演技をする。戦中もそうだが、終戦直後の困難な時代を経験したものには、この映画の云わんとするところが、痛いほどよく分かる。
>
> 白黒の画面がまた一段と効果を上げているように思う。どこの国でも、当時は似通った事情があったとみえ、世界中の映画ファンの共感を得、有名なアカデミー賞を受賞している。
>
> 日も暮れかかって、遂に策の尽きたアントニオは、けっきょく自分自身がひとの自転車を盗んでしまう。ここで終れば、マッタク救いがないのだが、さすがデ・シーカ監督は被害者が、盗んだアントニオを警察に突き出すことを止めることによって、幕切れを後味の悪いものから救っている。
>
> この時にも、アントニオに寄り添う息子のブルーノが、必死になって父を庇っていた。
[No.341]
Re: 名画「自転車泥棒」
投稿者:昴
投稿日:2013/09/21(Sat) 20:36
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唐辛子紋次郎さん、さんらく亭さん。
第二次大戦敗戦前後の混乱に生きる人々の姿を真摯に捉えたイタリアネオレアリズモの代表的なデ・シーカの作品ですね。私は公開時見ていますが、暫く経ってテレビで見たとき、アントニオが金持ちの家族がレストランでパスタを食べるのを指をくわえて見るシーンで、よく分からなかった場面、だいぶ経ってからモッツァレラチーズ(多分)だったことが分かり独り苦笑したモノです。デ・シーカのこれより2年前の「靴みがき」(46)も見応えがあった記憶、アカデミー特別賞受賞作です。昴
[No.340]
Re: 「 誓いの休暇」
投稿者:昴
投稿日:2013/09/21(Sat) 20:15
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「誓いの休暇」、見てま〜す。戦争の悲惨さをうたいあげたG・チュフライ監督の秀作といわれたプロパガンダではないソ連の映画だと思います。昴
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