みなさんは今までに観た芝居や映画に、たくさん思い出があるでしょう。
心に残る芝居、楽しかった映画
それから俳優や女優について思うことをどんどん書いてください。
もちろん最近見た芝居や映画、これから見たい舞台や映画も歓迎します。
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[No.690]
夏子の冒険
投稿者:DeBugman
投稿日:2013/10/26(Sat) 20:20
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総天然色邦画第一作は『カルメン故郷に帰る』とのことですが、私にとっての初物は第二作の『夏子の冒険』。観たのは昭和30年ごろで、タイトルは憶えているのですが、配役・あらすじなどは忘れています。DVDがあれば観てみたい映画です。
[No.689]
裸の島
投稿者:男爵
投稿日:2013/10/26(Sat) 14:32
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> それからつくった
> 「第五福竜丸」は失敗、独立プロは厳しい。
> 借金も増えて、やけっぱち最後の作品と思って作った「裸の島」
> これがモスクワ国際映画祭でグランプリを受賞する。世界各国から買われて借金も返せた。
> 自信をつけた。
裸の島
この映画は新藤兼人監督が、自己資金で、ふつうの映画の製作費の10分の1ぐらいの予算で製作したものである。
出演者もスタッフも最小限度の10名余りに切りつめ、瀬戸内の宿弥島でのオールロケというこの意欲を、日本の配給会社は黙殺。
映画会社の系統館で上映してもらうことを考慮にいれず、結局自主上映の形で公開されつくりあげた。したがって、日本では名画座や貸ホールなどを転々として上映されただけだった。
ところが、翌年モスクワ映画祭でグランプリを受賞するや、たちまち世界じゅうで名声を得て独立プロ運動の起死回生の一作となったのだった
http://nihon.eigajiten.com/hadakanosima.htm
起死回生の逆転ホームラン
> 瀬戸内海に住む夫婦(殿山泰司・乙羽信子)と子ども二人。
> 島には井戸はないから、彼らは毎日、船を漕いで隣の大きな島へ水を汲みに行く。
> 桶に汲んだその水を、天びん棒で担いでは、島のてっべんまで耕されている段々畑を上り下りし、その水を作物にかけてやるのが毎日の主な労働である。
>
> かわいた砂地はたちまち水を吸い込む。
> 新藤兼人は、乾いた土へ水をかけるのは、乾いた心へ水をかけるのだと思った。
> 人の心はみな乾いている。生きるために乾いている、それに一杯の水をかけたいのだ。
> そう新藤兼人は思って映画をつくった。
>
> 「この映画は何も語らない。しかし、すべてを語っている」フランスの映画評論家の讃辞だった。
> 乙羽信子は後に書いている。
> このとき、私は三十六歳だった。彼の愛を注がれて九年たっていた。
> 「裸の島」ではないが、この九年間二人の交わした言葉は、どれほどあっただろう。
> 映画評をまねて「何も語らないが、すべてを語っている」などとはいわないが
> 愛の展望も語られず、乾いた心にくり返し水を注いで時を過ごしていた。
> 「新藤の愛人」でいるべきか、「他の人と結婚すべきか」迷っていたころでもある。
[No.688]
Re: 高倉 健/文化勲章
投稿者:ザックス
投稿日:2013/10/26(Sat) 13:25
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さんらく亭さん
> 「網走番外地 居酒屋兆治 様」 で届くようです(^_-)/
ちげえねえや。
[No.687]
Re: 高倉 健/文化勲章
投稿者:さんらく亭
投稿日:2013/10/26(Sat) 11:21
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ザックスさん
> 祝電を受け付けるよしですが、住所も知らないし、まさか
> 網走番外地?でも、もしかしてこれで届けてくれるかも! (^○^)/
「網走番外地 居酒屋兆治 様」 で届くようです(^_-)/
[No.686]
Re: 高倉 健/文化勲章
投稿者:ザックス
投稿日:2013/10/26(Sat) 09:35
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男爵さん
> なんにしても めでたいことです。
>
> 映画俳優にとっても励みになると思います。
彼は既に、2006年に文化功労者に選ばれているんですね。
文化勲章は文化功労者の中から選ばれる由。
政府もなかなかやるもんですね。
メロウもいち早く、この欄で取り上げていて嬉しいことですね。
祝電を受け付けるよしですが、住所も知らないし、まさか
網走番外地?でも、もしかしてこれで届けてくれるかも! (^○^)/
[No.685]
Re: 高倉 健/文化勲章
投稿者:男爵
投稿日:2013/10/26(Sat) 06:16
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ザックスさん
> > 監督は別として、俳優としては初めてですね。(歌舞伎俳優は数人いますが。)
>
> 調べたら、山田五十鈴と森光子が貰っていました。男性としては初めて。
なんにしても めでたいことです。
映画俳優にとっても励みになると思います。
[No.684]
風の谷のナウシカ
投稿者:男爵
投稿日:2013/10/26(Sat) 06:13
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このアニメーション映画も
宮ア 駿(みやざき はやお)の作品だった。
風の谷のナウシカ
1984年 東映洋画系で公開された。
風の谷のナウシカ 安田成美
http://www.youtube.com/watch?v=BHUAFb711zI
宮崎監督に気に入られなかったみたいだが、有名になってしまった歌。
[No.683]
Re: 有楽町
投稿者:男爵
投稿日:2013/10/26(Sat) 05:51
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昴さん
> 男爵さん、みなさん、「有楽町」、映画と離れてしまい申し訳ありませんが、この町名の所縁について。
> ご存じの方も多いかもしれませんが「江戸名所図会」(天保5-7年刊)の「織田有楽齋第(てい)宅の地」の項に
> 「元数寄屋町の地なりと云ふ。慶長の頃この地を織田有楽齋(うらくさい)に賜はりしが……」とあり、注釈に
> 「いま中央区銀座西五丁目・同銀座五丁目に属す。国電有楽町の駅名も有楽原から生まれた地名に
> よる。」と書かれています。
有楽町は有楽斎からきたとは
聞いたことがあります。
ネットで調べると
織田有楽斎(おだ うらくさい、1547年-1621年)とは、安土桃山時代から江戸時代にかけて活躍した武将、茶人である。
本名は長益(ながます)。洗礼名はジョアン。1590年に剃髪し有楽斎と号した。織田信秀の十一男。織田信長、織田信勝らの弟に当たる。
千利休から茶道を学んだ利休七哲(利休の高弟)の一人であり、茶道有楽流の創始者であるため、茶人として著名である。戦国武将としても、政治、軍事、両面で功績を残している。
本能寺の変と大坂の陣では、敗北した側に付いていたが、卓越した処世術で窮地を切り抜け、家名を残すことに成功した。
時代の中でうまく生き延び
家康の開拓した江戸で晩年をすごしたとしても、短い期間だったのではないでしょうか。
京都に住んでいた方が長いみたい。
[No.682]
Re: 高倉 健/文化勲章
投稿者:ザックス
投稿日:2013/10/25(Fri) 21:43
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> 監督は別として、俳優としては初めてですね。(歌舞伎俳優は数人いますが。)
調べたら、山田五十鈴と森光子が貰っていました。男性としては初めて。
[No.681]
Re: 高倉 健/文化勲章
投稿者:ザックス
投稿日:2013/10/25(Fri) 21:33
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高倉 健さんの文化勲章受賞、嬉しい事です。
監督は別として、俳優としては初めてですね。(歌舞伎俳優は数人いますが。)
それだけのいい仕事をして来た人ですね。乾杯!!
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