宮沢賢治研究者の著者は旭川高専の先生
宮沢賢治は北海道が好きだったようです。 「銀河鉄道の夜」は、札幌に行く宮沢賢治が 途中の連絡線から列車に乗り換える光景の印象(カトリックの尼さん)などを 織り込むかのように描写していると 著者は解き明かしています。 後に書かれた銀河鉄道の夜、でも構想は北海道や樺太旅行の時に考えられていたらしい。
亡くなった妹トシの面影を求めて 北へ旅する賢治の「オホーツク挽歌」や「樺太鉄道」には 人は感傷の旅は北に行くのだという一種の真理を示しているようです。
賢治の樺太への旅は、名目としては卒業生の就職探しだったようですが 妹トシとの別れの思い出にするつもりだったかもしれません。
この本で 賢治研究者として 賢治が書いた詩編「札幌市」において 「歪んだ町の広場」もしくは「開拓記念の楡の広場」とはどこのことか それを札幌市の中で候補をあげています。 1.道庁の庭 2.北大構内(中央ローン?) 3.北大付属植物園 4.偕楽園 5.大通公園 6.中島公園 私も著者の意見のように、北大付属植物園だと思います。
1923(大正12)年7月 27歳 北海道経由樺太大旅行 1924(大正13)年5月 28歳 北海道修学旅行引率
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