> > 女流講談師田辺鶴栄の本 > > 自分の介護体験から、介護で苦しむ人たちの応援の本を書いた。 > > オムニバス形式で、何人かのおかしいケースを紹介しています。
北海道の十勝の牧場にお嫁に行ったヤマトさん 朝は暗いうちから起きて、家族の食事洗濯はもちろん、牛小屋の世話、身を粉にして働き、六人の子どもをもうけて育てた。 さあこれから楽な老後をと考えていた矢先、夫が亡くなってしまった。 子どもは誰一人後を継ぐものはいない。 しかたがないから牧場を売ったら、一千五百万円のお金が手に入った。これで、高級有料老人ホームに入ろうと思ったが、最低でも一億円かかる。 そこに証券会社の社員が勧誘に来る。「株を買えば楽して儲かりますよ」 「一千五百万円あるけれど、一億円にはならないでしょ」「そうですね。あともう少々サラ金から借りてもらえれば一億円も夢じゃありません」 だが、バブルの崩壊で全財産を失った上、サラ金からも矢のような催促。 六人の子どもたちは借金まみれの母親をたらい回しにする。 すっかり落ち込んだヤマトさん、月日のたつのは早いもの、時は西暦2000年、日本にも介護保険が導入された。 さっそく行政の窓口に行ったヤマトさん、四十歳以上の方はみんな介護保険に入っていると聞いて安心。 申請手続きは介護認定調査員がすると教えてもらい、一週間後にようやく介護認定調査員が来る。 「今日は一日何をしていましたか」「はい、あなたがいらっしゃるというので、あんまり家の中がきたなかったもので、このへんだけちょっと片づけました」「あら、お掃除をされてましたか。自立されてますねえ。夜眠れないとか、昼夜の逆転はありますか」「眠れないときは、おちょこ一杯お酒をいただくと、ぐっすり眠れます」 「ボタンは自分でかけられますか」....というようなやりとりがあって、結局ヤマトさんは介護は認定されませんでした。「おめでとうございます。この調子で頑張ってください」という審査結果を受け取った。 驚くヤマトさん、ではもう介護保険料は払わなくていいのかと聞くと、これが違うんですね。「あなたより悪い人がいっぱいいるんです。介護保険というものは、みんなで支え合うんです。大変な方をボランティアしてあげるつもりで、もっと太っ腹になってください」と言われ ああ国に裏切られた、死んでやろうと思い、故郷の四国に帰ってきて、ダムの堤防から身投げしようとした。 講談なので、たいていこういうときは誰かが助けてくれる。 ヤマトさんも飛び込むところを止められる。 その人から介護の詳しいことを教えてもらう。 全国の自治体によって多少違うが、「要支援」の人は約六万円のサービスが受けられる。六万円のサービスであって、六万円もらえるわけじゃない。デイサービスとかヘルパーさんが週一、二回来てくれる。でも、一割負担だから、六千円ほど自腹がある。 「要介護5」の人は三十五万円ほどのサービスが受けられる。そこで、特別養護老人ホームに入ったとしましょう。で、一割負担だから、三万五千円払う。しかしこれからは食事代も自腹、雑費も自腹。毎月五万円はかかる。だから毎月五万円払える人じゃないと「要介護5」は受けられない。 たとえばじゃあその人、一万円分の負担となると、当然十万円までのサービスしか受けられないことになるのね。介護保険も導入されたばっかりだから、不備が多いのは当たり前なんだけどね。それに最近困ったことが起きて、重態のふりをする人があとを立たないのよ。 さあ、いこことを聞いたとばかり、ヤマトさんは「不服申し立て」をして「私はこんなに大変でーす」と演技して重態のふりをした。 「お年は」「たぶん五十、歳だったかしら、九十八だったかしら」「あらあ、痴呆ぎみかしら、その手は胸元まで上がるの?」「う、うー」 おむつまで見せたので、老人病院に入れられた。 老人病院には、いい老人病院と、悪い老人病院があり、ヤマトさんは悪い方に入れられた。 「要介護5」をねらったので、食事も喉を通らない、鼻に管を入れられる。 「あら、苦しそう。何だか管が全然入っていかないし、どうしようかしら。介護保険が導入される前は、反応のないお年寄りばっかりでやりやすかったんだけど、介護保険が導入されてから、何か反応のいいお年寄りばっかりで。どうしようかしら」 「あんたね、そんなの遠慮してちゃいけないのよ。顔なんか見なくていいの。気合いでやんなさい。気合いで。私がお手本見せてやるから見ててごらんなさい」 ほうほうのていで、この病院を出たヤマトさん、あのアドバイスしてくれた人に報告する。「実はこれこれこうで」「アハハハ、あなた重態のふりなんかするから、バチがあたったのよ」「本当にバチがあたった」「でも前より元気そうよ。いろいろ刺激になったんじゃないの」 「もう、刺激になって、刺激になってね。私、将来自分が、老後入るかもしれない施設のことなんて、まったく興味なかったの。徘徊するお年寄りが縛られてたりとか、人間の尊厳も何もないの。あれじゃ施設じゃない。収容所か、刑務所。あれじゃ福祉じゃない。あんまりだわ、あんなの」 このあと関係者の苦労とか、問題点がいろいろ述べられているが省略します。 はっきり言って、介護保険はお金のある人は寝たきりだって呆けたって、どんどんなってもいいの。でもお金のない人、貯金のない人、年金も少ない人は、これからは狭き門よ。生活保護を受けている人には、減免措置があるけれど、みんながそれだって安心したら、税金がいくらあってもキリがない。若い人たちの肩にどっしりと負担がのしかかるんです。だからこれからは自助努力しなきゃいけない。 もう、あなたに待っているのは「ぴんぴんころり」。ね、この道しかないわよ。
ということで、この本の題名がつけられたらしい。 日本は先進国ドイツの真似をして介護保険をはじめたが、この制度が日本の文化や習慣に落ち着くまでには時間がかかることでしょう。 人ごとではありませんね。
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