> この藤沢周平の「義民が駆ける」を読むきっかけとなった本があるのだが > その本については後日紹介することにして > ここでは、「義民が駆ける」のあらすじを書いておきます。
青木美智男:藤沢周平が描ききれなかった歴史 「義民が駆ける」を読む 柏書房 著者は日本福祉大学教授、専修大学教授をつとめた日本近代史の研究者 以下には荘内藩を庄内藩としているので、それを尊重する。
「時代小説」と「歴史小説」はちがう。 藤沢周平は「歴史小説」に特別な思いをこめてきた。史実をどう読むかということについて非常に厳密である。 藤沢周平は八作ほどの歴史小説を書いている。作品数が意外に少ないのは、それだけ史実を忠実に扱ったことの証である。 この本では、藤沢周平の「歴史小説」に焦点をあてて、藤沢作品を読み直している。
ありもしないことを書き綴っていると、たまに本当にあったことを書きたくなる。この本には、概ねそうした小説をおさめている。 しかし本当にあったことと言っても、こうした小説が、歴史的事実を叙述しているわけではない。歴史的事実とされていることを材料に、あるいは下敷きにした小説という意味である。だからこれは、べつに歴史小説と呼んで頂かなくともいいのである。 あったことを書きたくなるというのは、私の場合、一種の生理的要求のようなもので、ありもしないこと、つまり虚構を軽くみたり、また事実にもとづいた小説を重くみたりする気持ちがあるわけではない。片方は絵そらごとを構えて人間を探り、片方は事実をたよりに人間を探るという、方法の違いがあるだけで、どちらも小説であることに変わりはないと考える。 (藤沢周平、逆軍の旗)
「義民が駆ける」のあらすじ 庄内地方において、1840年11月から1841年7月にかけて起こった一揆、それを領民、藩、幕府関係者らの動きと意識をからみあわせながら重層的に書いた作品。 老中水野忠邦が徳川家斉から、川越藩の窮乏を救うために庄内藩へ転封させる一件を持ち出される。忠邦は、長岡藩を加えた、三方国替えを提案し、家斉の了解を得てから、老中たちを強引に納得させてしまう。 川越藩(15万石)→庄内藩(14万石) 庄内藩(14万石)→長岡藩(7万石) 長岡藩(7万石)→川越藩(15万石)
庄内藩を長岡藩へ転封する理由として「酒田港の取締り不行き届き」をあげた。 実は10年前に、酒田港視閲を行った後、庄内藩主酒井忠器らは本間光暉の別荘で豪遊したとされ、それが幕閣で問題となったのだった。酒宴あり、花火あり、土産の黄白が財政の厳しい江戸幕府にとってはゆゆしきことだったのだろうか。 庄内藩主は転封を撤回させるべく工作費用を豪商本間に依頼する。 一方、領民は新領主となる川越藩主が過酷な収奪をすると予測し藩主引き留め工作を開始。 結局、川越藩二万石加増で三方国替え中止となる。川越藩は17万石となった。
三方国替えの真の狙い 川越藩主救済のほかに、水野には、長岡藩の「抜荷事件」の密貿易を知って、儲かる新潟港の幕府管理の企みがあったから。この際、酒田港も幕府管理としたかった。 のちに新潟港は幕府管理となったが、酒田港はならなかった。 著者は外国船対策の国防のためだというが、単に港の利益が欲しかったのではないだろうか。
水野忠邦の時代は 異国船が日本近海に相次いで出没して日本の海防を脅かす一方、年貢米収入が激減し 放漫な財政危機におちいった幕府体制をなんとかしなくてはならなかった。 水野忠邦としては努力はしたのであろうが 彼が抜擢した部下たち、遠山景元、矢部定謙、岡本正成、鳥居耀蔵、渋川六蔵、後藤三右衛門から裏切られたかっこうで失脚してしまう。 この「義民が駆ける」の中でも、庄内藩の転封阻止の百姓の直訴には背後に庄内藩や工作費用で動いた豪商本間などがあるはずで、それを奉行所に取り調べさせることにして、水野は遠山ではなく、わざと自分の意思をおもんばかるはずの南町奉行所の矢部にその役を当てるが、結果的には水野を裏切って、庄内藩の百姓騒ぎには咎められるべきものはなかったという報告をする。
腹心の鳥居耀蔵にしても 朱子学出身ため蘭学嫌いで、蛮社の獄で渡辺崋山や高野長英ら洋学者を弾圧したことを考えても 対外政策も国内政策が後から見ると誤っていたといえるだろう。 したがって、水野忠邦が海防政策に関心をもっていたとしても、蘭学者などの知識人の意見を取り入れるどころか抹殺したのであり、港湾を単に幕府の財源と考えていたのではないかと思われるのである。
厳しい天保の改革は反対者が多くて失脚した水野忠邦は、家督を長男・水野忠精に継ぐことを許された上で強制隠居・謹慎が命じられた。 (老中の時の水野は7万石の浜松藩主であった) まもなく出羽国山形藩(5万石)に懲罰的転封を命じられた。 なお、この転封に際して領民にした借金を返さないまま山形へ行こうとしたために領民が怒り大一揆を起こした。
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