テキヤ(香具師) 香具師は香具というものを売っていた。香具とは白檀とか伽羅という匂いもの、またその道具のことである。 いま薬局へ行くと、化粧品と薬品を同時に売っているが、あれは伝統にしたがっているので つまり、薬草や匂い袋などの香具、そういうものは同じ商売なのである。 関西では、神農さんという。 テキヤの信仰神は神農(古代のシナの神さま)である。 大阪の薬種問屋などの信仰神が神農である。 元を正せばテキヤと薬屋とは同じ職神をもつ仲間 テキヤは薬売りであり、香具売りである。 ヤシは薬師(ヤクシ)のつまったものという説もある。
だいたい人間は、たいていのことはやっても金だけは出さない。 「いまボクは精神的にキミをバックアップするけれども、だけど金は勘弁してくれ」 というのがだいたいの人情である。 通りすがりの人間に、お金を出させてバナナ一本でも買わせる、というのは大変なことなのである。
それを口先三寸のタンカによってやろうというわけであるから、これはたいへんな魔力がないと通用しない。
たとえば雑貨売りを例にとって説明しよう。 とにかくまず日用雑貨が前に山のように積んである。 それをはじめから全部ただでやるというところから出発する。「ただでやる」わけがないのだが。 ところが、なんかただでもらえるんだと思って、人が非常にたかるわけである。 たかった人に、たらいであるとか、鍋とかどんぶりとか、それから石けん入れとか、そういうものを十円でやるって言うのである。 整理の都合上、「ただ」って言うと、みんなごちゃごちゃになるから「十円でいい」。で、みんなに品物を渡すと、みんなから十円とるわけである。 そして十円取って品物を渡しておいてから「五円でいい」って言うのである。 とってから、ちゃんと五円玉がたくさん用意してあり、一人一人に全部五円ずつ確実に返す。そういう作業を重ねる。
いつの間にか次の品物は二十円になっている。二十円でまたみんなにパーッと持たせる。 それをまたみんなに十円ずつ返すっていうやり方を重ねる。 いつの間に百円になっている。百円みんなからとる。だけれども、綿密に五十円ずつ返す。 八十円返すときもある。百円って言ったくず箱みたいなのが、百円でも安いと思って、カアチャンたちが狂ったようになって手に取ると、二十円でいいって言って、八十円ずつ返したりなんかする。
で、ハサミが出てくる。ハチミが千円、こう言うわけである。でこれは返さない。千円のままなのである。 そういう商売である。
実にうまくできている。ワァワァワァワァ大さわぎ、大笑いの中に商売は終わる。 だからその楽しさだけで千円の値打ちはある。ハサミはおまけと考えた方がよさそうである。 そのワァワァ騒いでいるオバチャン連の中心人物はサクラなのである。 サクラにつられて大勢がひっかかってくるっていうところが不思議なのだが、彼らの腕なのである。
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人は納得して喜んでお金を出すこともある。 心理学者が見たら、論文が書けそうな場面。研究のヒントがありそう。
渥美清から香具師の口上を聞いて感心した山田監督が、寅さんの話をつくった。 考えないでしゃべった渥美本人が、山田監督の脚本を見て上手にまとめていると感心したという。
江戸時代、非人頭の車善七が大道芸人の元締めだった。香具師の親分みたいな車善七、その故事から車寅次郎が生まれたと推定する人もいる。 香具師の寅さんにはサクラがつきもの。
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