画像サイズ: 760×507 (83kB) | 男爵さん、こんにちは。 二宮金次郎の話が出ましたので私もこれに関連して・・・
'07/10 に日光街道を歩いた時のこと。 栃木県今市市にある「二宮報徳神社」に、二宮金次郎の墓と銅像がありました。
『報徳神社の社殿裏にある「二宮尊徳の墓」で、今市市の解説によると・・・二宮尊徳翁は天保13年(1842)56歳の時に幕府の役人に登用され、2年後に日光領仕法の計画を命じられました。 当時の日光神領は田畑は荒廃し、農業経営が成り立たない「潰れ」が多発する状況でした。このような状況から復興させるために、日光領仕法が行われたのです。 実際に仕法が行われたのは嘉永6年(1853)から尊徳翁が亡くなり、その遺命を息子の弥太郎が受け継いだ15年間です。』 |