[No.6554]
Re: La Sala V1 Maldita (和訳タイトル名:呪われた第6展示室)
投稿者:唐辛子紋次郎
投稿日:2014/04/29(Tue) 22:28
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第5展示室は現代の部で、昭和のころの展示物は、昭和一桁生まれのわたしには、さすがに懐かしく、大いに興味がわいた。今でも昨日のことのように思えるあの防空頭巾や「欲しがりません、勝つまでは」や「ゼイタクは敵だ」などの標語をでかでかと書いたポスターに千人針、終戦を報じる当日の新聞などを見ると、太平洋戦争中の血のにじむような苦労が一度に蘇って来た。奥には終戦の詔勅の録音を、じかに聞くことの出来るコーナーもあった。
そういえば,東京は九段の「昭和館」というところへ行った時も、こんな感じだったななどと、しばし追想にふけった。
わたしは、森閑とした展示室で、ひとり閉ざされた世界へ閉じこもり、しだいしだいに、その中に沈殿して行くような自分を感じた。思いなしか、室内の照明も、入館時に比べ、一段と暗くなって来たような気もした。
そのとき、正にそのときだった。最新の工法で頑丈に造られ、耐震基準を立派に満たしている筈の館の建物が、突然大きく胴震をいをした。わたしは、これは地震だ、と咄嗟に判断した。近頃、割と大きな地震が頻発し、気にもなっていた。続いてわたしは、足元をすくわれたように感じ、もう体をまっすぐにして居られなくなって来た、ああ、このままではその内、床に倒れこんでしまうと瞬時に危険を察知して、取りあえずそばの壁に慌てて手を突いた。
やれやれ、今のは余震でこの後、本震でも来たらそれこそ大変だ。これからどうしたものかと、思案しているうち、ふと見ると、いつの間にやら、わたしは、第6展示室という札の掛かった新しい部屋のまん前に立っているではないか。そうして、自分の意思とは全く関係なく、相変わらずふらふらと歩きながら、その、ある筈のない、第6展示室の中へと迷い込んでしまったらしい。それはまるで、昆虫が体の自由を失って、待ち構えた蜘蛛の巣に、容易く絡めとられてしまうような、そんな情けない、みじめったらしい状況だった。
どうも、この空間には、人間の意思を超越した、超絶的な、有無を言わせぬ強大な力が支配しているらしかった。
室内には、興行などでよく使う、スモーク状のものが、一面に立ちこめていて、中の様子はハッキリとは分からない。そのうち、友人の友田に、何処となく面影の似た顔がとつぜん、その煙の中に見え隠れし始め、ヒヒヒヒと不気味な笑い声が、不安に戦くわたしを震え上がらせた。「おい、おい、お前。友田なんじゃないのか、悪ふざけはごめんだ。いい加減にして、正体を現わせ。なんだって、小学校からの親友にこんなことをするんだ。」わたしは、あらん限りの力を振り絞って、友田と思しいその顔に向かって大声で抗議した。
ところが、その声は立ちどころにあの、超人的な力に打ち消されてしまうらしく、わたしの意思とは裏腹に、とても弱弱しく、まるで子どもの泣きべそのような声に変えられてしまい、それが、ひと気のない空間に、むなしく木魂するばかりだった。
わたしは、その場で気を失ってしまったらしく、人心地の付いたのは館内に造られた三畳敷き位の、狭い宿直室で、そこにダラシナク横たわっていた。そばには、ガードマンと愛らしい様子の藍子がいて、彼女はわたしの息を吹き返したのを知るとすぐ「小父さま、もう大丈夫ですか?」と優しく声をかけてくれるのだった。
そのあと、わたしは断ったのだが、ブランデーを少量飲まされ、しばらくして藍子の心配そうな眼差しに見送られ、それでも、一度も転んだりもせず、無事にわが家へとたどり着いた。藍子の話では、やはり、第6展示室などは初めからなく、小父様は、人がよいので、いたずら好きの父に、一杯喰わされたのじゃありませんこと?と同情され、この件は一件落着と相成った。また、地震についても尋ねたのだが、ガードマンも、藍子も言下に否定した。たしかに、夜7時の今日のニュースでも、当日の夕刊にも、地震の記事は一切なかった。
翌日、かかりつけの町医者の薮田のところへも行ったが、磊落でデル腹の医師も、やはり「地震?さあ、あの時間、あったか、なかったか、俺にもそのジシンがないなあ」などと、親父ギャグで軽く躱されてしまった。体にはべつに異常は認められないという薮田のことばに「そうさなあ、まあ、こういうことは、得てしてストレスから来るらしいから、あまり、気にしないで深く追及するのはやめよう」これがわたしの結論だった。それにしても、友田ってヤツは!
今ごろ、藍子から一部始終を聞き出し、してやったりと、満面に笑みを浮かべ、嬉しさのあまり、大きく後ろにのけぞったり、咳き込んだり、涙を流したり、いろいろやりながら、つぎつぎ祝杯を重ねているのに違いない。
それにしても、どうして第5展示室を出たところで、あんな奇怪な事件が起こったのか。わたしは自宅で、やっと通常の精神状態に戻ったところで、自分なりにあれこれ考えてみた。そうして、最後にたどり着いた結論は、どうやら件の博物館の館長が怪しい、と云う点に思い至った。大体名前からして普通ではない。田貫尾弥次というのだ。読み方によったら、タヌキ・オヤジとも、読めてしまうではないか。
友田によれば、この仁は、シャーマンについては滅法詳しく、欧米から学者がわざわざ教えを乞いに来日するという。その友田も、あやしい。もしかしたら、友田と館長の田貫はもとから懇意で、ふたりが示し合わせた上、あんな芝居を打ったのじゃないだろうか。まだ、確証はないのだが、そうだとしても、別におかしくはない。
あの、友田の一人娘の藍子はどうだ。一人娘なので、むかしから彼は、藍子を溺愛していた。そこへおととし、女房の梅子がひょっくり急死して、ますますかわいがるようになった。しかし、いつもあの清楚な女らしさを漂わせている、藍子まで容疑者のリストに入れるのは忍びない。これは、外すべきだ。
何と云っても、悪いのはあの二人に間違いない。ようし、その内、こちらも、手の込んだ復讐のやり方を考え出して、あいつらに倍返しだ。このまま、黙って引き下がっては、おとこが廃る。(終わり)
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