[No.6681]
Re: 紋次郎一座・お盆興行一幕見は、こちら
投稿者:唐辛子紋次郎
投稿日:2014/08/20(Wed) 19:35
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| その第三 いよいよ、現れしこと
何がってあーた、急に手にしていた盃がふわっと宙に浮いて、隣室の方へ飛んでゆくのだ。あれよあれよと云う間に、今度は刀掛けに掛けてあったあっしの脇差が空中を気持ちよさそうに遊泳し始める。こら待て!と云ったって、相手は人間ではなく、化物なので話がすんなりと通じるわけがない。畏怖衛門はもう腰が抜けて、部屋の隅でガタガタと震えている。一方、ヒマ野は落ち着いてはいるものの、床の間に浮き上がった妖怪の眼をじっと睨み据えている。その時だ、家具などが揺れて、大きなもの音を立て始めたのは。中には勇敢にも、こちらに向かって非常な速さで飛んでくるものもある。あっ、危ない。
その内今度は、近くに墓などある筈もないのに、座敷のなかを無数の火の玉が、上になったり下になったり、これ見よがしに、また好き放題に浮遊している。生臭い風も、思い出したように、吹き始める。絹を裂くような、をんなの悲鳴のようなものも、背後から聞こえてくる。
豪胆なヒマ野が、「ろくろ首はまだか」と云い終わるか終らない内に、床の間にひょろひょろと長い首が現れ、忽ちの内に、ヒマ野に迫り、長い舌で左の頬をひと舐めした。「ぶ、無礼者!」さすがのヒマ野も、不機嫌そうに、いつまでも、くにゃくにゃと曲がる首を、日焼けした染みの目立つ、大きな手でさっと払いのける。すると、たちまち、その首は消え失せ、その代わりに今度は、襖に描かれた、ありふれた山村の風景が、なんと、絵師、歌川広重描く薄気味の悪い「平清盛怪異を見る図」に変わっていた。
昼間ではそう恐怖を覚えない人でも、夜間この薄暗い座敷で、こうした絵を見るのはあまりいい心持のものではない。また、どういう仕掛けがあるのか、絵の中でも抜きんでて大きい髑髏が、徐々に大きさを増して行き、いくら目をそらそうとしても、そばにいる人間を、しっかりと捉えて離さない。まわりにある無数の小さな髑髏も、からころとあたりを転げまわりながら、鬼気迫る不気味な笑い声をあげる。立ち往生した清盛の苦しそうな息遣いさえ、まるであっしらがその画中にでも居るかのように、すぐ近くに感じられる。
ヒマ野は苦笑いし「敵も中々やりおるおるわい。このところ、歌舞伎の、けれん味さえ感じられる。」と、いささか感心した様子。
「今日はもう、これくらいでよい。調子に乗って、いつまでもやるな」というヒマ野のどうま声が相手に届いたとは到底思えないが、不思議なことに、それっきり、化け物の姿は見えなくなり、一旦は消えかかっていた行燈の明かりも、ふだん通りの明るさに戻っていた。
「どうだ、ご主人。化け物も、拙者が思いっきり睨みつけてやったゆえ、当分は遠慮してもう出るようなことはあるまい。」「お有難うございます。」恐怖のため歯の根も合わぬ主人の畏怖衛門は、相変わらず、小刻みに震えながら、蟹のように、その場に這いつくばっていた。
「しかし、それにしても、今日は何ゆえに、このように大勢の物の怪が現れたのでご座ろう。」と訝るあっしに、ヒマ野は、半分マジメ、半分ふざけたような表情を浮かべて、「そ、それがでござる。つまり、その、当節は、お盆興行なので、先方も張り切り、そのためいつもより特別に出し物の数が多かったので御座ろう」と呟いた。あっしらが、そのあと、河岸を変えて近くの屋台で飲み直しをしたのは、改めて申すまでもないことである。 (おわり)
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