画像サイズ: 390×520 (67kB) | 前回で触れたチロルの民話ではそれが、こうなります。
ゲーテの詩にもとずくデユカスの魔法使いは、男ですが、こちらは農婦で、女中をひとり使っています。
この女主人は、どういうわけか毎日、夜のとばりが降りるときゅうにそわそわし出し、煙突を通って必ずどこやらへ出かけてゆくのです。そこで好奇心旺盛な女中は、家のものがみな寝静まると、台所のかまどの陰に身を隠して何が始まるのかを見届けようと思いました。そして、ちょうどよるの10時になりますと、女主人が台所に姿をあらわし、人けのないのを幸い、衣服を脱いで、すっぽんぽんになります。
そして隠し場所から、愛用の塗り薬★を取り出すと、それを全身に塗りたくります。女中は興味津々、一体なにが始まるのかと大きく目を見開いて、逐一その様子をみつめていました。
女主人は麻を打つ道具の上に腰を下ろすと、口の中でぶつぶつ呪文のようなものを唱え始めます。そして「ここを出て、どこにもない所へよろしく頼む」と呪文を云い終わった途端、あれあれ、これはどうしたことでしょう。とたんに主人の姿は、雲か霞のように消え失せていました。
翌日、好奇心旺盛な女中は、ひと気のないのを確かめ、足音を忍ばせ台所へ。そこでゆんべ、女主人のやった通りのことをしたうえ、ワクワクした気分で例の呪文を唱えました。ところが、気分が高揚していたせいか、大事な紋句を間違えてしまったらしいのです。呪文はドイツ語で「どこにもないところへ、やってお呉れ」というところを「どこでも構わないから、好きなところへ、やってお呉れ」と云ってしまったらしいのです。
その結果、どうやら空を飛ぶことだけは出来たのですが、煙突や、人家、樹木など、至る所にぶつかりながら、全身血だらけアザだらけ、のなんとも情けない姿でやっとこさっとこ『縞だらけの草原』とかいうところへ辿り着きました。ご丁寧にも、女中はここでも、集まっていた悪魔たちや、男女の魔法使い等に、あっちに行っちゃあドッシーン、こっちに行っちゃあバッターンとぶつかり通しでした。
夜の白々明け、アヴェ・マリアの鐘の鳴るころ、なんとか悪魔の角にしがみついて、わが家へ連れてって貰ったまではよかったのです。でも、悪魔の角につかまって家に戻った途端、台所は血の海になりました。
女中はその夜自分の身の上に、一体に何が起こったのか、何度ひとに聞かれても、一切誰にも打ち明けようとはしませんでした。ただ悪い魔法使いに魔法に掛けられたというばかりです。一方主人の方も、この件に関しては固く口を閉ざしているので、周囲の人たちは、何のことやらさっぱり分からず、まるでキツネに抓まれたような感じだったと云います。
終わり
★ 話によっては塗り薬が香油になったり、サバト(魔法使いや悪魔がおおぜい集って夜会を開く場所)へ運んで呉れるのが悪魔であったり、黒いヤギだったりします。この話でも、帰りは悪魔の世話になっています。
添付写真は、マーチャンからお土産にもらった、ドイツ北部の魔女人形です。 |