松本清張「天城越え」は 本人が解説するように あの川端康成の「伊豆の踊子」のパロディである。
「伊豆の踊子」の主人公の一高生は、修善寺温泉に泊まり、湯ヶ島温泉に泊まり、それから天城を登る。 これに対して「天城越え」の十六歳の少年は、(反対方向に)下田から家出をして天城峠を歩いて、湯ヶ島、修善寺に出る。
「伊豆の踊子」のヒロインは、純情可憐な少女に対して、「天城越え」では、あばずれ女だった。
作者は「静岡県刑事資料」をもとに小説を書いたという。
だがしかし、作者は川端康成を雲の上の人のように感じていたらしい。 いまでこそ松本清張は社会派の推理小説作家あるいは歴史ものの優れた作家という評価を受けているが、下積みが長かったせいか川端康成をまぶしい存在とみていたようだ。
実際に川端康成は(遺産処理で)親戚から送金をしてもらった金で伊豆の旅にでかけ それまで落ち込んでいた気持ちが回復し、元気になって大学に戻っていったという。
それに対して、「天城越え」の主人公は金もほとんど持たずに、はだしで歩いた。 世の中には、「伊豆の踊子」の一高生のように恵まれた者もいるが、たいていは貧しく明日のあてのない若者が多いという現実をいやというほど知っている松本清張は、こういう小説を書いたらしい。
もちろん推理小説としてまとまっていて、文句のつけようがないのだが この作品を書いた動機には、恵まれない若者たち、そして下積みの長かった自分のコンプレックスがあったようだ。
石川さゆりの歌は、この小説がもとになっているのだろう。
男女の間は複雑。
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