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[No.7866]  読書感想文『ロシア民話集』上・下 投稿者:唐辛子紋次郎  投稿日:2017/04/30(Sun) 22:48
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 読書感想文『ロシア民話集』上・下
画像サイズ: 446×322 (49kB)
これは、10年以上前、市の文集に出したものです。

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 わざわざグローバリゼーションなどの言葉を引き合いに出す迄もなく、我々の周囲にはカタカナ語が氾濫し、いかに世界が狭くなったかを日々痛感させられる。かと云ってそれなら世界は一つかと問われれば、これはまた日常茶飯事のように繰り返される戦争、抗争を見る限り、そう簡単にイエスとも答え難い面がある事もまた否定できない。

 私はこうした事実を認めた上で、外国の文化とか他民族の理解には、民話が一番手っ取り早いと考えている。たとえばこの「ロシア民話集」だが、その第一話からして私を大いに驚かせた。というのは、その書き出しが、「昔おじいさんとおばあさんがいた。」というのだから。今の今まで私は、「おじいさんとおばあさん」で始まるのは、日本の昔話「
桃太郎」の専売特許と信じ切っていたのである。更に読み進めてゆくと、この「おじいさんとおばあさん」型の話が意外と多い。この型では、始めから子や孫がいて物語が展開するのがふつうだが、中には「桃太郎」のように、天から子を授かる話も散見する。桃から子が生まれるというのも奇抜なアイデアだが、ロシアのもなかなか凝っていて、揺りかごに入れた丸太が、いつの間にか赤ん坊に育つというのがあるかと思えば、町で買って来た蕪から生まれた蕪娘もある。

 これなどは桃太郎とかなり似通った発想と云える。また、同じ生まれるにしても、めんどりに抱かせた四十一個の卵から四十一人の男の子が誕生するという、えらく能率のいい話もあってビックリさせられる。一方、同じ様に子のないおじいさんでも、神のご加護で、一日になんと七人の息子が生まれるという、不妊症の人が聞いたら腰を抜かしてしまいそうな話まで飛び出してくる。

 こういう大げさな話は多分、元の話に段々尾ひれがついて出来上がったものであろう。なかなか子が出来ないと云うのも、最初はふつうの夫婦の話だったのが、それではインパクトが少ないというので、次第に「おじいさんとおばあさん」の話に変わって行ったのかも知れぬ。

 さて、ボルヘスの「幻獣辞典」にも採り上げられている八岐の大蛇、これが西洋の昔話にも良く登場することは私も知っていたが、首の数はまちまちである。アファナーシェフの集めたこの「ロシア民話集」ではこれが、十二の首になっている。日本の話との関連を続ければ、「大ばか者」という話など落語の「子褒め」に通じるものがある。大ばか者の場合は対應のずれの面白さで、葬列に向かって大声で「運んでも運びきれず、かついでもかつぎきれず、曳いても曳ききれませんよう」などと縁起の悪いことを云ってしまった男が、次にぶつかった婚礼の行列に「まことにご愁傷様で」と挨拶して、大勢の袋叩きに遭うという筋書き。これは、赤ん坊の年を聞いて七夜だよと云われ、「アア、初七日か」と應じた長屋の熊さんといい勝負と云ってよいのではないか。

 しかし集中もっともロシア的でもあり、かつもっとも面白いのは「ヤガー婆さん」と「うるわしのワシリーサ姫」であろう。ヤガー婆さんの登場ぶりは特筆に値する。折角なので下手な説明はせず、民話自体に物語って貰おう。

 「木々がめりめりと倒れ、枯葉ががさがさと鳴りだした。それは臼に乗って杵で漕ぎ箒であとを消しながらヤガー婆さんがあらわれる音だった。」何かカーリングの選手を連想させる楽しそうな雰囲気に、思わず頬をゆるめると、どっこい、ヤガー婆さんの住まいの形容を読むに及んで、今度は慄然とさせられる。「小屋をかこんでいる柵は人間の首でできていて、一本一本の棒杭の上に両目をつけた人間のされこうべがささっていた。門の柱は人間の脚、かんぬきは手の骨、錠前はとがった歯が付いたままの人間の口だった。」というのだから尋常ではない。

 ワシリーサの方は何しろ「うるわしの」と断り書きがあるので、美女であることは間違いないが、一方なかなかの才女でもある。そのお手並みの程は読んでの上のお楽しみ。

 あと、有名な「イワンのばか」を始めとするばかの活躍する話が幾篇かあるが、このばかが実はばかではない。読むほどに、兄弟中で一番の利口者だと分かってくる。アファナーシェフのこの作品が、農奴解放運動の盛んな、千八五五年に刊行されたことを思うと、彼はばか(=農民)の底力をみせたくて、世に問うたのかも知れぬ。私は今までロシア文化とは殆ど無縁だったが、訳者の中村喜和氏によれば、作者は民話分類法の始祖と仰がれる、フィンランドのアアルネに先立って、独自の分類法を創め、アアルネに多大の示唆を与えたということであるから、それだけでも偉い人だと認めざるを得ない。

 なお、同書は岩波文庫上・下二巻に、厳選されたロシア民話七十八篇を収める。

                (おわり)