ごぞんじ東海林さだおの 丸かじりシリーズ
軽妙洒脱のその文章は 読んでいて楽しいし、自分の文体に影響を受けそうな文章である。
おせちの内紛 カマボコと伊達巻きの確執を知っている人は少ないであろう。 カマボコと伊達巻きは、おせちの発生以来、重箱の中で激しい権力闘争を続けてきているのである。 おせち料理の重箱の重なりは、言ってみればビルのようなものだ。 三の重なら三階建て、五の重なら五階建てのビルだ。 二人の地位は、いずれもこのビルの副社長格だ。
では社長は誰かということになるが、このビルには社長がいない。 いままでずうっと社長不在でやってきて、これからも社長不在でやっていくにちがいない。 有史以来、両者の争いの決着がいまだについていないのである。 両者は常に対抗する。 対立する両者は、隣りあって並べられることはない。 必ずその間に、クリキントンなどの緩衝地帯が設けられている。
むろん、社内には派閥が存在する。 カマボコの出身地は海だ。 従って、酢ダコ、カズノコ、昆布巻き、ブリ照り、海老、ゴマメなどがカマボコ派ということになる。 伊達巻きは卵が主体なので出身地は陸だ。
「ちょっと待ちなさい。伊達巻きには魚のすり身も入っているはずだ」と言う人もいるかもしれない。 それに対しては、 「ちょっと待ちなさい。日本の陸上界に於いて、その事実が少しもない慶応大学が、陸の王者慶応! と応援歌で叫んでいることに比べれば、伊達巻きに少々の海の部分があったとしても、伊達巻きを陸の王者とするにいささかの欺瞞も覚えるものではない」 という立派な反論が用意されているのである。
とにかく伊達巻きは陸。 従って伊達巻き派は、レンコン、ゴボウ、ニンジン、筍、しいたけ、里芋、クワイ、コンニャク、黒豆と、数では明らかにカマボコ派を圧倒している。 しかし、悲しいかな伊達巻き派には大物がいない。どう見渡しても突出した人材がいないのである。 そこへいくと、カマボコ派は多士済々と言える。 カズノコあたりは立派に常務が務まるし、海老が部長、ブリ照りは次長、酢ダコは課長ということになろう。 「寅さん映画」では、タコは社長だが、ここでは課長どまりだ。
ひるがえって、伊達巻き派の人材はどうか。 里芋に常務が務まるだろうか。 ゴボウに部長が務まるだろうか。 このあたりが伊達巻き派の悩みの種なのだ。
とは言え、伊達巻き派はカマボコ派を数で圧倒している。つまり、両者の力は拮抗しているのである。 二人の抗争が、いまだに決着がつかない原因はここにある。
最近は、国内ものだけに限らず、外国ものを招請して戦力の増強をはかる傾向にあるようだ。 カマボコ派がロブスターを助っ人として補強すれが、伊達巻き派はハムを招いて対抗する。 伊達巻き派がローストビーフに目をつければ、カマボコ派はスモークサーモンに声をかける。 両者の抗争は、こうして果てしなく続いていく。
カマボコ派が海を代表しているのはいいとしても、伊達巻き派の陸の代表説に異議ありと思ってそれを言いたくても 陸の王者慶応の実態のなさを指摘されると、なるほどと著者に言いくるめられてしまう。 著者の説得のうまさ!
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