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  <title>メロウ伝承館　サイト - フォーラム - メロウ伝承館（事物のデータベース） - [ Ｘ－その他 ]</title>
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    <title>杉鉄砲 （ザックス）</title>
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    <description>　杉の実を弾にして竹の筒に込めて飛ばす手製の玩具。　子供の頃やりました。音もいい。</description>
    <pubDate>Wed, 16 Dec 2015 21:05:04 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[　杉の実を弾にして竹の筒に込めて飛ばす手製の玩具。<br /><br />　子供の頃やりました。音もいい。<br /><br /><a href="http://www2.mellow-club.org/densho/uploads/photos/2159.jpg" rel="external"><img src="http://www2.mellow-club.org/densho/uploads/thumbs/2159.jpg" align="left" alt="" /></a>]]></content:encoded>
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    <title>Re: 国破れて狡さのみあり</title>
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    <description>５．　　もしも万一、日本に押しよせるというなら結構ではないか。七十万人までは受け入れましょう。こちらがダモイとだました訳ではなく、先方の意志で来るのだから心おきなくこき使 ...</description>
    <pubDate>Thu, 07 Feb 2008 17:10:52 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[<b>５．　</b>　もしも万一、日本に押しよせるというなら結構ではないか。七十万人までは受け入れましょう。こちらがダモイとだました訳ではなく、先方の意志で来るのだから心おきなくこき使うことが出来る。日本全国の土木工事は大いにはかどる。粗末なパンだけ与えて、最高十一年までは使ってもよい。もちろん賃金などは一切払う必要はない。労働証明書というのをくれてやって、金はロシア政府から貰えと言えばよい。苦情を言う者があったら、斎藤六郎を見習え、と言ってやればよい。<br /><br />　何の自助努力もしないで、援助をくれなければ難民が出るぞ、保守派が復活するぞ、などと弱者の個喝をくり返しながら手を差しのべる横着者に唯々諾々と金を与えることは、彼らの掠奪体質と怠慢を助長して、さらに大きな要求を誘発するだけだ。<br /><br />借款の利子すら払わぬくせに、海外の銀行には莫大な隠し預金があることは今や公然の秘密である。米英の金融筋などによると、外貨のひそかな持ち出しは、数年前から行われていたが、そのピークは一昨年のクーデターの前で、その時だけで数百億ドル。<br /><br />　スイス、フランス、南米などの銀行の秘密口座の数は数千に及び、総額は推測するしかないが、一千億ドルという数字すらあり、少なくも数百億ドルはあるらしい。これは主として旧共産党によって持ち出されたものだが、それだけではない。<br /><br />最近の大統領府と最高会議側の相互の汚職暴露と非難合戦によって、現在でも双方の上層部メンバーによって外貨のくすね取りと海外への隠匿が行われていることが明らかになってしまった。<br /><br />　かつて、ソ連に食糧がない、とマスコミがあおり、社会党の土井たか子が純情にもラーメン十万食を寄贈したことがあった。社会党が長年にわたり、ソ連共産党から政治資金を貰ってきたことのお返しのつもりだったのかも知れないが、これはモスクワのドルショップで売り捌かれて外貨に化け、誰かのポケットに入ってしまった。<br /><br />どういう名目で誰に渡されようと、援助は要所々々に待ち伏せするこれらの泥棒たちにくすねられて、彼らの口座がふくらむだけである。彼らに対する最も有効な支援とは、何も支援しないことによる自立精神の函養であると思う。〝国敗れて校さのみあり″では金輪際詩にもならぬではないか。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（了）<br />]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>Re: 国破れて狡さのみあり</title>
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    <description>４．　市場経済というものは資本主義のメカニズムだけで成り立つものではない。当然のことながら普遍的な社会規範の上でのみ存在できるのである。詐取、横領、権力乱用、不法独占、強 ...</description>
    <pubDate>Thu, 07 Feb 2008 17:09:00 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[<b>４．</b><br />　市場経済というものは資本主義のメカニズムだけで成り立つものではない。当然のことながら普遍的な社会規範の上でのみ存在できるのである。<br /><br />詐取、横領、権力乱用、不法独占、強奪などだけが横行する社会では窒息させられて成立できない。西側にも悪徳はあるが、常にフィルターで除去・清掃される仕組みになっているから存続している。<br /><br />あの国には市場経済はとても無理だ、と判断するのは、資本主義のメカニズムが全くわかっていない、というだけではなく、まず第一にベースとなるはずの社会規範が欠落している。政府の上層部から高級官僚、企業幹部など到るところに掠奪指向だけが渦を巻いている。その掠奪指向がよってきたるところの精神構造は、一朝一夕に変革できるものではないからである。<br /><br />　彼らが今後どこまでも市場経済化への試行錯誤を続けようと、あるいは遂にあきらめて他の路線を選ぼうと、それはあの国民の決めるべきことで、こちら側の知ったことではない。その選択が西側の気に入らなくても、彼らの意志である以上仕方のないことで、金をやって誘導したり阻止したり出来るはずのものではなかろう。<br /><br />なのに、そのロシアを支援せよ、導け、などと説く者がある。この頃はだいぶ下火になったようだが、一時は、地球的規模で無駄を承知で援助せよ、などという無責任極まるものまで横行していた。<br /><br />　大体、これは西独のゲンシャーあたりが自国の利害から言い出したことで、日本では例によって朝日新聞が煽り立てた。欧米諸国の首脳が自国のエゴやパフォーマンスで物を言うのは勝手だが、日本の先生方まで、その尻馬にのって騒いだのは滑稽である。<br /><br />冷静に分析すれば巨額の金を支出して支援せねばならぬ義理なぞ毛頭ありようはずがない。難民が出る、とおどしをかける先生もいるが、ロシア人のメンタリティーを考えれば生活苦だけで難民になって西側に出ることは絶対にあり得ない。ない、ないと大騒ぎした食糧もあるときている。ボルガ河畔のドイツ人問題をかかえる西独は、いくらか不安かもしれぬが、それはロ独二国間の問題だから日本にはかかわりのないことである。<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）]]></content:encoded>
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    <item>
    <title>Re: 国破れて狡さのみあり</title>
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    <description>３．やらずぶったくりの市場経済　精神構造というのは、歴史と社会環境の中に国民が長年漬け込まれている間に出来上がる漬物のようなものだと思う。ロシアの歴史は、内で足らないもの ...</description>
    <pubDate>Thu, 07 Feb 2008 17:05:32 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[<b>３．やらずぶったくりの市場経済</b><br /><br />　精神構造というのは、歴史と社会環境の中に国民が長年漬け込まれている間に出来上がる漬物のようなものだと思う。<br />ロシアの歴史は、内で足らないものは外から取ってきて充足するという掠奪の歴史であるから、このロシア漬けを味つけしたものは掠奪のうま味なのである。孜々営々と努力を重ねて作り上げるよりも、ちょいと奪うことによって手に入れられれば、こんなうまい話はないだろう。このうま味の記憶が、彼らの心身に湊み込んでいてぬけないのである。<br /><br />　掠奪指向と言っても、もちろん現実には暴力を用いるわけではない。労せずして不当に手に入れるという意味で、実際には一にも二にも騙してかかるのである。場合によっては、これに個喝を織りまぜる。比較的最近の例を一つ挙げてみよう。<br /><br />　ある日本の会社がソ連から提案を受けた。その会社が製造する機械のある構成部分（コンポーネント）をソ連国内で共同生産しないか、というものだった。コンポーネントには高度な技術が用いられていて、その会社がパテントを持っている。ソ連製の機械にこのコンポーネントを組み込めば性能は大幅に向上する。会社は提案に応じて交渉に入ったが、相手からはいろいろな図面をあれも欲しい、これも出せとつぎつぎに求められ、ついに最も重要な図面も要求してきた。<br /><br />これに対し、この図面は製造上の機密事項でノウハウに属するものだから正式な合併契約締結の後でなければ提出出来ぬことを説明したのだが、それがないと最終判断が出来ぬ、契約はどっちみちするから、などと説得され、出さなければ交渉を打ち切るとおどされたので、信用してとうとう提供させられてしまった。<br /><br />ところが、それから間もなく相手から交渉打ち切りを一方的に通告された。理由は工場を建てる敷地がない、という木で鼻をくくったような無愛想なあしらいようだった。始めからノウハウを騙し取るための戦術だったのである。これに類する例はいくらでも挙げられる。校滑さという点では、日本人は到底彼らには太刀打ち出来ない。<br /><br />　ペレストロイカは既に死語となり、今は市場経済への移行だそうだ。腰痛をおして、そのための大統領令を乱発しているエリツィンもご苦労なことだが、彼を見ていると、どうもワープロをいじくりまわしている猿を連想してしまう。どうしたら動かせるのか、見当もつかない。手下の猿たちも誰も知らない。そのうちに壊してしまうだろう。<br /><br />IMFが、それが使えたら餌をやる、と言うものだから、片手でキーを叩くまねをして、もう一方の手を伸ばして芋をねだっている。間もなく猿たちはそんなことに飽きて別のボス猿がとって代わり、ワープロを放り出して山に帰るだろう。自分たちの社会に同化させたがっていた人間もいたが、猿自身がもう少し進化してからでなければ、どうにも無理なことはハッキリしている。<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>Re: 国破れて狡さのみあり</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=3374</link>
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    <description>２．　　　海外での開発事業は資源のあるなしだけでなく、協力する相手の信頼性が大きなファクターだが、この点で首をひねらざるを得ないような事象がいろいろ出て来たのである。一例 ...</description>
    <pubDate>Thu, 07 Feb 2008 17:03:08 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[<b>２．</b>　　<br />　海外での開発事業は資源のあるなしだけでなく、協力する相手の信頼性が大きなファクターだが、この点で首をひねらざるを得ないような事象がいろいろ出て来たのである。<br /><br />一例を挙げると、西シベリアのチュメニ油田から極東までパイプラインを引いて石油を輸入する超大型案件があって、何回も代表団を派遣して調査折衝を重ねていたのだが、ある日突然ソ連側が、パイプラインではなく貨車を使って輸出するから鉄道建設に協力せよと言い出した。当時建設中だった第二シベリア鉄道のことである。<br /><br />　当時、ブレジネフは全国にハッパをかけてこの建設を急がせ、完工日を設定してウクライナなどの遠隔地から学生作業隊などまで狩り集めて大車輪で建設を進めていたが、地形・環境など困難が多く、思うように進捗していなかった。<br /><br />たまたま日本が石油輸入を熱望していることを奇貨として輸送方法を変更する、という口実で日本をこの建設に引きずり込もうとしたのである。このプロジェクトの構想は、日本側とすれば、石油を輸入することのほかに、大口径のパイプを長期大量に輸出することに眼目があったから、鉄道に切り替えたりされればほとんど意味がなくなるのである。<br /><br />　のみならず、この第二シベリア鉄道は軍事的性格が強いから、日本がその建設に協力すれば大きな国際問題になることは目に見えていた。さらに貨車では到底所要量の輸送は不可能、という技術上の一欺瞞性も明らかになり、日本の代表団は唖然として帰国してしまった。これではシラけるのも当然だろう。これに酷似した最近の事例もあるが、しばらく措く。<br /><br />　こうした昔の話をなぜ今するのかというとそれはここ二、三年あの国が市場経済への移行という大変革をおっぽじめたのはいいが、何一つうまく行かずに混乱が広がる一方なのを眺めて、あの果てしもない紊乱も、日本人の心に大きな不信感を植え付けただけに終わったシベリア開発も、つまりは同じ根っこから発生しているのだ、という感が強いからである。<br /><br />その根とは一口で言えば国民の精神構造である。どのような精神構造か、といえば、それは「ふてぶてしい」とか「〝ど″あつかましい」としか形容のしようがない略奪志向がドンと居座っていて、これは日本人の精神構造とは根本的に異なるのである。この決定的な違いは、同じ人間でも、いくら交流を深めようが議論しようが、所詮理解も克服も出来ない代物だと思う。<br /><br />　同じ人間でも、と言ったが、「これでも同じ人類なのか」とつくづく嘆息させられたことも一再ではない。<br />ジンギスカンのモンゴル兵が欧州に侵入して殺我と掠奪をほしいままにした頃、欧州人は彼らを〝地獄の民″と呼んだ。近世における〝地獄の民〟は、あるいはロシア人ではないのか、とさえ思ったことも何度かある。<br /><br />「そんなことはない。ロシア人は人がよいし、実に親切ではないか。すばらしいロシア文学やチャイコフスキーはどうなる」と反論する向きもあろう。たしかに善人は多いし、ふだんは親切だ。教育や文化のレベルも高いし、四六時中、人から奪い取っているわけでもない。<br /><br />　ただ、あの民族の善人や親切な人を含めた国民各人の深部には、桃や梅干しのど真ん中に硬い核があるように、残忍極まる掠奪指向が厳として存在し、獲物が手に入りそうだとなるとカメレオンの舌のように不意にとび出してくる。それが外部に発散しては、恥知らずの欺瞞行為となって東洋の君子国を唖然とさせ、内部に向かってはお互い同士の果てもない奪い合いとなって社会の無秩序を生み出す。<br /><br />これが裸で走り回っているアフリカの原住民なら、その心の奥底から、どんな意外なものが飛び出そうが誰も驚くまいが、とにもかくにも超大国の民で、背広も着ているし挨拶も心得ているから、外見同様その中身も思考もわれわれと同じであろうと思うのが日本人の精神構造で、それだからこそ被害者は一方的に常に日本側なのである。彼らときたら時と場所に応じ、いつでも〝地獄の民〟に変身することが出来るのである。<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>国破れて狡さのみあり</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=3373</link>
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    <description>これは哈爾浜学院２１期卒業生の同窓会誌「ポームニム２１」に１９９３年９月に寄稿された河西　明氏の記録を、久野　公氏の許可を得て記載するものです。１．うたかたのように消えた ...</description>
    <pubDate>Thu, 07 Feb 2008 17:00:22 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[これは哈爾浜学院２１期卒業生の同窓会誌「ポームニム２１」に１９９３年９月に寄稿された<b>河西　明氏</b>の記録を、<b>久野　公氏</b>の許可を得て記載するものです。<br /><br /><b>１．うたかたのように消えたシベリア開発熱</b><br /><br />二十年程前のこと。今から考えればおかしいくらいだが、日本全国がシベリア開発熱にとりつかれて浮かれ立った時期があった。シベリアこそ残された未開の天地、あらゆる資源が眠る宝庫、これを開発することによって日本の繁栄と幸福は間違いなし、とばかりに朝野をあげて沸き立つ感があった。　　　　　　<br /><br />　田中角栄が首相になって日本列島改造論をぶち上げ、高度成長のアクセルを一杯に踏み込んだことが資源確保熟を煽りたてた面も確かにあった。どの本屋に行ってもシベリア開発関連の本が二十種類くらいは並んでいたし、経団連の中に作られた日ソ経済委員会にはチュメニの石油、ヤクートの天然ガス、その他大型の開発プロジェクトが目白押しに計画され、安西浩、今里広記などの財界の有力者がプロジェクトのトップに座り、互いに競い合って実現の先陣争いをする観すらあった。<br /><br />それ以前は米ソが冷戟できびしく対立していたから、日本としてはアメリカの手前、ソ連とは大っぴらに貿易をすることははばかられ、僅かに左翼系の小さな友好商社がいくつか細ぼそとした取引をしているに過ぎなかった。１９６０年代の終わりになって米ソの雪解けが進んだためにソ連との貿易も解禁になり、大手商社が競ってモスクワに進出し始めたのもこの時期であった。<br /><br />それまで長年にわたって日ソ間にはほとんど交流はなかったから、一般にはシベリアもソ連も、またロシア人そのものについても知るところは少なかった。未知の分野には夢があり、バラ色に見えるものだ。<br /><br />　かくてシベリア開発の各プロジェクトの調査・交渉の代表団の往来はひきもきらず活発をきわめたのだが、三年、四年と経つうちに、いつしか日本側にはしだいにしらけムードが広がってきて、一時はあれほど喧伝されたシベリア開発も結局、あまり後世に遺すべきものもなく、風船のようにしぼんでしまった。<br /><br />木材や石炭などプロジェクトの名で成約したものも二、三あるにはあったが、これは従来からあったものに新プロジェクトの看板をかけ直しただけのもので、本来の意味での資源開発事業は結局、何も実現するに至らなかった。<br /><br />なぜ日本が醒めてしまったのか、根本的な理由はいろいろな交渉過程でソ連なるもの、ロシア人というものが分かってきたからと断言していい。一体全体本当に付き合える相手なのか、という不信感が広がってしまったのである。酔って美人と寝たつもりが、翌朝見たら狸だった、というようなものだ。<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>Re: 教会の廃墟と国民総泥棒ぶり ― 共産国家で見てきたこと ―</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=3372</link>
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    <description>御存知漁業相イシコフ銃殺以前、ソ連漁業省にイシコフという大臣がいた。二十何年大臣の椅子にあり、日本にも何回かきた著名人で、その下にいた次官は私共のやっていた魚の輸入商談に ...</description>
    <pubDate>Wed, 06 Feb 2008 18:33:11 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[<b>御存知漁業相イシコフ銃殺</b><br /><br />以前、ソ連漁業省にイシコフという大臣がいた。二十何年大臣の椅子にあり、日本にも何回かきた著名人で、その下にいた次官は私共のやっていた魚の輸入商談にも何回か出てきた人物だが、この次官がある日突然いなくなった。<br /><br />同時に顔なじみの省の役人も何人か消えてしまった。変だな、と思っているうちに日本でも報道された例のキャビア事件が明るみに出てきた。あるモスクワの市民が安いニシンの缶詰を買ったところ、中には庶民の手には届かない高価なキャビアがつまっていたことから騒ぎが始まり、官僚の調査によって漁業省の組織ぐるみの犯罪であることが分かった。<br /><br />　キャビアを缶詰にしてニシンのレッテルを貼り、ニシンとしてごく安い価格で西側に輸出し、そのバイヤーからは多額の外貨を裏口座に入金させて大臣以下関係者で分け合っていたのだが、何かの間違いで一部が国内向けに出荷されたことから明るみに出た。これは外国にも広く知れわたってしまったためか、大臣、次官は銃殺されたという。十五年くらい前の話である。<br /><br />ロシアの小噺に「ソ連くらい豊かな国は世界中にない」というのがある。革命以来七十年ほども二億を超す国民全員が、これだけ国から盗んでも、まだ盗むものが残っているから、というのがオチである。キャビア事件などは氷山の一角で、組織ぐるみの盗みはいたる所でみられる。<br /><br />　数年前アルメニアで大地震があり、多数の建物が倒壊して多くの死傷者が出たが、現地を視察に来たゴルバチョフが「誰がセメントを盗んだか、だ」と言ったのも、その一例で、建設企業がセメントを横流しして、不足した分だけ砂利を多く入れた粗悪な建材が事故を大きくした、と言っているのだ。<br /><br />　ソ連崩壊後、総泥棒はエスカレートの一途である。西側の援助物資も宛先に届かない。昨年（平成四年）一月二十三日付のイズベスチヤによれば、届くのは僅かに六～七％で、あとはすべて盗まれて消えるという。<br /><br />西独の提供した多額のマルク援助も、誰が受け取ってどこに使ったか、分からぬものが大分あるという。本日（平成五年三月二十日）付の日本の各紙は、斜陽の英雄エリツィン支援の会議が四月に東京で開催されることを報じている。だが、支援自体の当否はさておき、あの総泥棒国家に対して有効な支援の方法などが一体あり得るだろうか。<br /><br />　いまロシアでは教会が復活しつつある。もっとも、いままでも完全に抑圧されていたわけではなく、既に六十年代にはモスクワ市内のいくつかの教会に限って日曜日の礼拝が行われていた。礼拝に集ってきたのはほとんどが老婆であった。聞くところによれば、独ソ戦の最中、民衆は夫を、父を失い、生活は苦しく、あまりの辛さに教会に行って神に救いを求める人たちがでてきたので、スターリンもやむなく一部をオープンしたのだという。<br /><br />日曜の朝、その教会に行ってみると、老婆たちは壁にならぶ聖像の前にひざまづき、頭を深く垂れて長ながと祈り、聖像に接吻して次の聖像の前に移って行く。ハルビンを思い出してタイムトンネルの中に入ったような気になった。<br /><br />昔ながらの信仰は、一部の老人たちの間にだけ地下茎のように細く、暗く、続いていたということになる。数年前からだが、いままで打ち捨てられていた教会や修道院がロシア正教側に返還され始め、昨年はクレムリン内外のいくつかの聖堂や、歴史的建造物としても有名なウスペンスキー寺院なども返された。これからは信徒の寄進などで逐次修復が行われるのだという。<br /><br />また、最近は一種の流行のようになったせいもあって、教会に足をはこぶ人の数が増えているようだ。いずれも結構なことである。しかし教会がこれから本当に人びとの信仰を集めることができるのだろうか。それが人びとの精神の浄化に役立つだろうか。何百年の先はいざ知らず、近未来的には恐らく不可能だろう。表土層が崩落して岩肌がむき出しになった山には、いくら苗木をさし込んでも緑はよみがえらない。<br /><br />　ソ連共産党支配の七十数年の間に、人びとの心、魂はあまりにも深く破壊し尽くされてしまっている。その結果、人びとは人間としての誇りを失い、恥を忘れ、見るもあさましい総泥棒と化した。聖職者たちがこれからいくら熱心に神の道を説いても、信仰の苗が根付くべき心の表土層はすでにどこにも無いのである。<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(おわり)]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>Re: 教会の廃墟と国民総泥棒ぶり ― 共産国家で見てきたこと ―</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=3371</link>
    <guid>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=3371</guid>
    <description>ホテルの鍵番本人が泥棒ついでにもう一つ、最近では方式を変えた所もあるが、大体ロシアのホテルでは各階ごとに女性の鍵番というのが居て、エレベーターホールの机に陣どり、鍵の保管 ...</description>
    <pubDate>Wed, 06 Feb 2008 18:31:10 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[<b>ホテルの鍵番本人が泥棒</b><br /><br />ついでにもう一つ、最近では方式を変えた所もあるが、大体ロシアのホテルでは各階ごとに女性の鍵番というのが居て、エレベーターホールの机に陣どり、鍵の保管と、不審者が出入りしないか、の監視に当たっているのだが、ある時、日本から着いたその晩に部屋で現金が紛失した。<br /><br />後から聞けば客が着いたその日はトランクや荷物を開けて中身をタンス、机などに移し替えるから狙い時らしいのだが、その時は銀行からおろしたばかりの五千ドルを入れた封筒をうかつにも机の引き出しに入れたまま外出した。<br /><br />鍵は用心のため鍵番に渡さずに自分で持って出たから大丈夫と思ったのが大間違い。私の帰宅が遅いことを知った鍵番は深夜にマスターキーを使って部屋に侵入し、物色して封筒を見つけ、中から百ドル札五枚を抜き取ったのである。<br /><br />全部盗ることだってできたはずだが、そうするとあまりに騒ぎが大きくなると考えたものであろう。盗っただけでもほぼ１年分の収入なのだ。翌朝封筒の位置が変っているので不審に思い、調べて分かった。部屋に入れるのは鍵番しかない。すぐ支配人を呼びつけて説明し、鍵番の取り調べを要求したが、頑として受けつけない。その分は日本に置いてきたのだろうとか、何か支払いをして忘れているにちがいない、とか埒があかない。<br /><br />結局、物的証拠がないので、こちらの泣き寝入りになったのだが、それから約三カ月後に再び出張で同じホテルに泊まり、偶然エレベーターでその支配人に会ったので、その時の話を始めたら、ああ、あれはたしかに鍵番が盗ったのです、という。だが、もうすんだ過去のことですよ、と言わんばかりに平然としたものである。日本で言えば帝国ホテル並み、外国人しか泊まれない超一流ホテルの鍵番は監視人兼泥棒であり、支配人もまた、しやあしゃあとしてかくのごとしということ。<br /><br />　いろいろなケースを見ていると、どうもこの国では、分からぬよぅにうまく盗んでしまえば、それは正当な所有権の移転なのだから、あとからブックサ言うことの方がおかしい、という通念があるように思える。だから罪悪感も全くないし、詮索もしない。まして法や正義に依存する考えなどかけらもない。大体、あの社会には法も正義も存在しない。<br /><br />これはかつてゴルバチョフ自身が言ったことだが、彼が地方の最高権力者、党の第三日記だった頃、いろいろな問題を討議して決定を下す際に、その決定が既存の法律に抵触するか否かなどを考えたことは一度もなかった、と述懐している。法治国家では決してなかったのだ。「相手が法と正義を重んずると言った以上、領土は帰ってくるはずだ。潮どきだ」などと考えるのは、どこかのバカ首相だけである。<br /><br />　話がそれたが、例を挙げたような個人ベースの小泥棒は実はむしろ可愛い部類なのであって、その上には集団による盗み、さらには組織ぐるみの盗みがある。集団泥棒の一例を挙げよう。日本製のカレンダーはロシアでは大変な人気で、猫も杓子もほしがる。ただし風景物は駄目で、あでやかな和服姿や、あるいは水着の美女がほほえんでいるものに限る。<br /><br />あんな屁でもないものを何故あれだけ欲しがるのか理解に苦しむ点もあるが、あの美麗なカラー印刷の技術はロシアにはないし、どこに行っても薄ぎたない室内や事務所に貼っておけば立派な装飾になることは間違いない。ある家に行ったら幾つもある部屋に、同じ一部のカレンダーから切り離したものがそれぞれ貼ってあった。日付けを見たら何年も前のものだった。<br /><br />女性美といっても私ならロシア娘の方がよっぽど美しいと思うし、食指も動くのだが、ロシア人はカレンダーの日本美人をユタロンクラソトイ（美の原型）などという。過去にモンゴルの血を大量に注ぎ込まれたという彼らには東洋の美への憧れがあるのか、または一年中つまらない日常生活の中で美しい振り柚や日本庭園を見て天国を夢みるのか、詳しいことは分からないが、ともかく十二月に入ると取引先の各省庁、貿易公団の職員たちから一斉に請求されるし、交通巡査まで日本人の車を見ると停車させておねだりするから、この時期はカレンダーなしでは夜も日も明けない。<br /><br />それで十一月には東京本社から一万部ぐらい送ってくるのだが、ある時これがやられた。受け取りにやったロシア人従業員が、重量が不足していて変だから引き取らないできた、と言う。仕方がないから翌日税関に行って計量したら確かに四割くらい少ない。<br /><br />一辺が二メートルくらいの大箱を詳細に点検したが、どこにも開梱した跡はない。開けて調べたら内部も乱れた様子はないのに、中身の数量は送り状より四割は少ない。あるいは本社側の間違いか、と思ったので、ともかく中身を車に移したあと、念のために空になった大箱を横倒しにさせてみたら、あった。底板の一部に修理した跡がある。<br /><br />　それもよはど注意せねば気がつかぬほどで、プロの仕業だ。あとで聞けばそれぞれの分野専門の泥棒職人がいるらしいのだが、しかし一人や二人のプロだけで、こそこそできる仕事ではない。第一こんな重量物を横倒しや裏返しにするにはクレーンがいる。何人もの税関吏や警備の警官も交替で二十四時間見ている。倉庫の従業員も十数人いる。これが全部グルにならなければできる仕事ではない。<br /><br />その頃カレンダー一部はヤミ市で十五ルーブルくらいしていたから、この稼ぎを仮に三十人で分配したとして、一人当りの手取りはほぼ一年分の収入に匹敵するから、やり甲斐のある仕事なのだ。東京本社の間違いでなかったのはもちろんである。だが、これなどもまだ小泥棒の域を出ない。更に大がかりなのは国の機関が組織ぐるみで行う盗みである。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(つづく)<br />]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>Re: 教会の廃墟と国民総泥棒ぶり ― 共産国家で見てきたこと ―</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=3370</link>
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    <description>壮絶な盗みの横行ぶり新聞などはあまり報じようとしないが、われわれ外国人を唖然とさせるのは、ロシア全土をおおう壮絶としかいいようのない盗みの横行ぶりである。それは社会の紊乱 ...</description>
    <pubDate>Wed, 06 Feb 2008 18:28:19 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[<b>壮絶な盗みの横行ぶり</b><br /><br />新聞などはあまり報じようとしないが、われわれ外国人を唖然とさせるのは、ロシア全土をおおう壮絶としかいいようのない盗みの横行ぶりである。それは社会の紊乱が手に負えなくなっている昨日今日の話ではなく、私が初めて足を踏み入れた三十年近くも前から既にそうであった。<br /><br />日本では盗みといえば、分別の足りない青少年とか、倫理・道徳観に乏しい連中のすることで、教養のある者、社会的地位の高い者、そこそこの年齢に達した者はするはずがない、と思いがちであるが、あの国ではその常識は通用しない。<br /><br />教養も社会的地位も関係ない。盗み得る状態に置かれれば誰でもが盗むと極言してさしつかえない。国民総泥棒なのである。盗まざる者は人に非ず、なのだ。まさか、と思われるかもしれぬが、決して誇張ではない。<br /><br />　ある時、某輸出案件でロシア（ソ連）側の三、四の関係機関から担当官を全部で二十名ほど呼んでモスクワ支店で会議を開いたことがあった。昼食時間になったので来客にはサンドイッチとコーヒーを出し、日本人は支店の食堂に立ち去った。書類や筆入れは会議室に残して置いたのだが、休憩時間が終わって席に戻って驚いた。筆入れにはボールペン、サインペンが十二、三本あったのが、二本だけ残して消えている。<br /><br />日本製の高級ペンをほしいのはわかるが、それにしても相手は日本でいえば通産省や一流企業の部長、課長クラスで、その中の数人の仕業である。たかがペンだから気易くとったのだと思われるかもしれぬが、それは違う。モノが腕時計でも電卓でも同じである。欲しいとなったら抑制がきかないのだ。<br /><br />　文具といえば、こんな事もあった。モスクワでは手に入らないから一年に一度、東京本社から文具をまとめて送って来る。とりあえず必要な量を日本人スタッフと、当時十数人いたロシア人秘書に分配し、残りを予備室のロッカーに入れておいた。鍵はない。<br /><br />一週間ほどして開けて見たらペン類、ホチキス、セロテープなどなど一年分がすべて消えていた。秘書たち、おそらく全員の仕業だった。彼女たちはそれぞれ有名大学を卒業した教養のある有能な人間で、家庭の主婦でもあり、仕事の上では頼りになる忠実な助手なのだが、盗めるものあらばすべて盗むべし、というロシアの掟にもまた忠実なのである。<br /><br />　この国でも最近車が増えたが、どの車を見てもワイパーがついていない。つけておくと盗まれるから外して車の中に置いてある。急に雨が降ってきた時などは走っている車が一斉に停まって、中からワイパーを持ち出して取りつける風景が見られる。車から出る時うっかり外すのを忘れると、持ち去られるのに五分とはかからない。<br /><br />商店の一階の窓には動物園の檻のような頑丈な鉄格子がついているか、または窓ガラスの内側にコードのついた不細工な警報装置が貼りつけてある。全国どこに行っても、これがある。ガラスを破ると警察署の警報器が鳴って、どこの窓が破られたか分かるようになっており、警官がかけつけるのだという。<br /><br />うっかり窓を開けただけでも作動するから、窓を開ける必要がある時は予め警察に電話して、泥棒の侵入ではないことを通知してから開けるらしい。何とも御苦労な話だ。<br /><br />　その商店に入っても買物は容易ではない。商品はガラスのケースの中か、売り子の立っている後ろの棚にあって、買物客はじかに触れることができない。万引されるからだ。売り子に見たい物を頼むとボンと投げ出してにらみつけられる。万引はさせないぞ、という目だ。<br /><br />他の客が頼んでも、待ってと言われる。一度に何人にも見せると誰かに持ち去られるからだ。買うと決めたら、それを売り子に告げ、別の場所にある会計係（カッサ）に行って金を払い、その金額を打ち込んだ紙片をもらって売場に戻り、紙片と引き換えに商品を受け取る。店が混んでいる時は売場、カッサ、売場と三回並ばねばならず、手間のかかる事おびただしい。売り子に直接金を渡すとネコババされるから、その防止策なのだ。<br /><br />すなわち通行人も、店に入ってくる客も、売り子も、みな泥棒であることを前提としたシステムなのだが、それで万全か、というと、店長自身がよく商品の横流しをして私腹を肥やしたりしているから、どこまで行ってもキリがない。日本のスーパーのようなセルフの店も数は少ないが、あるにはある。ただしそこに入るためには手提袋など所持品はすべて入口脇の預り所に置いて引換札をもらい、手ぶらでカゴだけ持って入らねばならない。<br /><br />出口で支払いをするのは同じだが、もし外套の襟もとがふくらんでいたりすると、押し広げてのぞきこまれたり、ポケットを上からさぐられたり、ボディチェックをされる。される方も、何もとってませんよ、というような薄ら笑いをうかべて平気なものだ。ここでも客は泥棒扱いだが、それも仕方ない。そうしなければ商品の大半は万引で消えるのだ。<br /><br />　仕事の上で遭遇した盗難は枚挙にいとまもないが、これは地方での話。ナホトカから一カ月以上かけてシベリアの奥地まで大型ブルドーザーを運び込んだ時のこと。これにはリンゴ箱大のバッテリーが内蔵されているが、輸送中に盗まれた。鍵は無残に引きちぎられている。<br /><br />これがなければエンジンもかけられないから、運んで来たトレーラーからおろすこともできない。唖然としていたら、やって来たロシア側の責任者はヒョイとのぞき込んで、あっ、やられたか、というような顔をしただけで驚きもせず、部下に命じて似たようなソ連製のものを持ってこさせて取りつけた。性能はだいぶ劣るものの何とか間に合った。<br /><br />これも大きな鉱山用掘削機械を黒海経由コーカサスの山中に運び込んだときのこと。組み立てを終わって坑道に入れ、翌日行って見てビックリ仰天した。暗闇の坑道で使う機械だから強力なサーチライトが二基ついていたのだが、これが二つともコードもろとも外されて消えている。何十万ドルの機械もパーである。<br /><br />困り果てていたらロシア側の担当官がきて一瞥しただけで立ち去り、自分たちの倉庫からソ連製のやや小型のものを一つだけ持ってきて取りつけた。別に怒っているでもなく、犯人を詮索しようともしない。<br /><br />あんなものを何のために盗むのか、聞いてみたら、倉庫やガレージの照明とか、何にでも使えるさ、と涼しい顔をしている。他にも例があるが、何か盗まれても何かしら代替品がどこからか出てきて、何とか最低間に合うことが多い。<br /><br />おそらく盗みがあまりにも恒常化して防ぎようがないから、盗まれた場合に備えて予めいろいろなものを入手（おそらく盗んで）備蓄しておく、というのが常態になっているに違いない。だから役に立ちそうなものは何でござれ、即座に消えるのだ。かくて盗みつ、盗まれつの職烈な総泥棒合戦が全国津々浦々で日夜くりひろげられていることになる。<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(つづく)]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>Re: 教会の廃墟と国民総泥棒ぶり ― 共産国家で見てきたこと ―</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=3369</link>
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    <description>　精神の荒廃は教会の破壊で始まる昔のレニングラード、今のサンクトペテルプルグにはスモーリヌィという大きな修道院がある。皇帝も礼拝にきた由緒ある寺院で、薄ブルー、金、白の三 ...</description>
    <pubDate>Wed, 06 Feb 2008 18:24:44 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[<b>　精神の荒廃は教会の破壊で始まる</b><br /><br />昔のレニングラード、今のサンクトペテルプルグにはスモーリヌィという大きな修道院がある。皇帝も礼拝にきた由緒ある寺院で、薄ブルー、金、白の三色で彩られた外観の優雅な美しさは例えようもないが、これも建物が残っただけめっけもので、一歩中に入ると胸がつぶれそうになる。<br /><br />かつては一面精密な聖画に埋め尽くされていたはずの内壁は、すべて天井まで白一色のしっくいで塗りつぶされ、もちろん聖像など一点もなく、広い床は展示場になっていて、ソ連の産業がいかに発展しているか、といった各種の統計やら工場の模型やら、嘘でかため上げた宣伝資料がゴマンと展示されていて、早々に逃げだしたものである。<br /><br />　革命前、信仰がロシア人の心に占めていた比重の大きさはロシア文学やレーピンなどの絵画にも色濃く投影されているし、残っている教会や修道院の数からだけでも推測できるが、更に私たちは、ガラパゴス諸島の生物のように本土から切り離されたために、その純粋性を保っていたハルビンの白系露人たちの敬虔な祈りの姿もかい間見ることができた。<br /><br />彼らの住居の一隅には必ず聖像が飾ってあって、来訪者はまずその聖像に向かって十字を切って祈り、それから家人たちとのおしゃべりを始めたものだ。<br /><br />パスハの晩、サボールの祭壇で神父の打ち振る香炉の煙を浴びながら、手に手に赤い蝋燭をもって粛然と立ち続ける人びと、高く低くいつ果てるともしれぬ聖歌の合唱、そして一夜明ければ行き交うロシア人は誰でも互いに「フリストス　ボスクレス」（主はよみがえり給えり）、「ポイースチヌ　ボスクレス」（まさしくよみがえり給えり）と挨拶と接吻を交わして祝福し、赤や紫に染めた卵をプレゼントする。下宿のおやじは私には「フリストス　ボスクレス」と言ってお茶に招き、クリーチという縦長のパスハ用のパンを切ってくれた。彼らは本当に嬉しそうで、心から祭りを喜んでいるようであった。<br /><br />信仰と一体になった生活　―　何世紀にもわたって受けつがれたそ心の糧をレーニンとそのボリシェビキたちは容赦なく打ち砕いた。いま、ロシアにはすさまじいばかりの精神の荒廃がある。それはあの教会の破壊とともに始まり、年とともに深化、拡大したものだと思う。<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(つづく)]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>教会の廃墟と国民総泥棒ぶり ― 共産国家で見てきたこと ―</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=3368</link>
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    <description>これは哈爾浜学院２１期卒業生の同窓会誌「ポームニム２１」に寄稿された河西　明氏の記録を、久野　公氏の許可を得て記載するものです。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 ...</description>
    <pubDate>Wed, 06 Feb 2008 18:22:18 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[これは哈爾浜学院２１期卒業生の同窓会誌「ポームニム２１」に寄稿された<b>河西　明氏</b>の記録を、<b>久野　公氏</b>の許可を得て記載するものです。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br /><br /><b>モスクワに多い教会、修道院跡</b><br /><br />モスクワで生活し始めて、しばらくあちこち歩き回る間に気のつくことは、打ち捨てられて廃墟となった教会堂や修道院の多いことである。市の中心部には特に多いが、あのだだっ広い都市のどの地区に行っても必ず一つや二つは見かける。<br /><br />ネギ坊主のような丸屋根（クーポル）は大体金色に塗られていたから、帝政の昔、いまのよぅな高層建築物はなかった頃、高台から見はるかす限り多数の金色のクーポルが目に輝き、実に壮観であったと物の本にもあり、げにさもあったろうと思われる。いまはその大多数が廃墟である。<br /><br />通常その敷地は高くて頑丈な板塀囲いで遮断され、一カ所ある門扉には大きな錠がかけられていて中には入れないが、塀のすき聞からのぞくと、どの窓もガラスは欠け落ち、ポッカリあいたその空洞は骸骨のうつろな眼高のように、屋根や壁の割れ目などに生えた潅木がかなりの大きさに茂っていたりして、破壊後の年月の長さを物語っている。<br /><br />ただでも索漠としたありさまだが、ハルビンを知る者には心の痛む風景である。それはその廃嘘の上に、あのサボールや地段街にあった大きな丸屋根のソフィスカヤ寺院などが二重写しになって見えるからである。<br /><br />　レーニンが政権をとるや徹底した教会の弾圧に乗り出した。多くの聖職者が逮捕投獄、殺害され、教会は閉鎖または破壊された。共産党にとっては宗教は阿片、教会は反革命の温床、聖職者は憎むべきその煽動者であったし、何よりもまず人びとの心から神への信仰を叩き出さねば新しい宗教であるマルクス主義を注入できなかったからであろう。<br /><br />このけりがついて既に久しい１９６０年代になってもまだ、教会がいかに革命を妨害したか、をテーマにした映画（物語はもちろんすべてフィクションだが）が何本も作られ、映画を見ることしか楽しみのない大衆に「教会・神父イコール悪」を宣伝し続けていたが、これは党が依然として教会と信仰を潜在的脅威と見ていたからであろう。<br /><br />本当はすべての教会を破壊したかったのだろうが、建物はおおむね石や煉瓦の堅牢な造りで、高く巨大だから爆薬でも使わない限り簡並Tには破壊できないので、やむなく囲いこみで遮断、放置したものであろう。<br /><br />　ただし実際に爆破した例もある。クレムリンからさほど遠くないモスクワ河を見おろす台地に由緒ある大聖堂があったが、これは爆薬をしかけて爆破し、丸屋根が首でも斬られたように落下する様子が映写フィルムに残されている。取りこわした跡の敷地には大きな温水プールが造られた。<br /><br />温水といっても、いくらかなまぬるい程度の水だが、寒さに強いロシア人は外気が零下の冬でもここで泳いでいる。ところがこのプールでよく水死人がでる。ウォッカでも飲んだあとの心臓マヒであろうが、人々はひそかに聖堂を破壊した崇りだ、と言っていた。<br /><br />市街地の中にある比較的小規模な教会は、外見はそのままに、内部を事務所に使っているのもある。ドームの形式から相当古い初期のものと思われるものが資材倉庫になっていたりする。地方諸都市でもほぼ同様で、汽車の窓からもあちこちに廃嘘が遠望できる。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(つづく)<br />]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>旧日本軍人の遺留品～元の持ち主を探しています～</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=2919</link>
    <guid>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=2919</guid>
    <description>旧日本軍人の遺留品http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/iryuhin/各種遺留品《いりゅうひん》リストがまだ沢山残されています、メロウ倶楽部の会員の方並びに会員以外の一般の方が若し此処《ここ》 ...</description>
    <pubDate>Sat, 10 Mar 2007 14:41:16 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[旧日本軍人の遺留品<br /><a href="http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/iryuhin/" rel="external">http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/iryuhin/</a><br /><br />各種遺留品<span style="color: #CC9900;">《いりゅうひん》</span>リストがまだ沢山残されています、メロウ倶楽部の会員の方並びに会員以外の一般の方が若し此処<span style="color: #CC9900;">《ここ》</span>で眺めて、近隣<span style="color: #CC9900;">《きんりん=近所》</span>付き合いか、古い友達関係で、ご存知の方がおりましたら、神戸在中のHP制作者；西羽　潔さんへご連絡下さい、この方はhslnのシニアネット会員で、私も在籍中時にインターネットで連係プレーができる特徴を生かした（協力しあった）仲です。<br /><br />その一例は「返還済」をクリックした中から、No.17 F023の内容に示しボランティア的に協力しました、詳細は去る2005年7月に私が愛知県へ日章旗の返還に立ち会った記録写真として、下記のWebにてご覧下さい。<br /><br />2005.7.10 日章旗、日本の関係者へ返還<br />（米国インディアナ州から日本の愛知県立新城高校へ）<br /><a href="http://yama1481.hp.infoseek.co.jp/dejikame2b021.htm" rel="external">http://yama1481.hp.infoseek.co.jp/dejikame2b021.htm</a>]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>Re: 焼夷弾（しょういだん）</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=2553</link>
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    <description>　モロトフのパン篭《かご》式のは半インチくらいの暗緑色のチューブで組み立てたラックに揮発油ジェル（ゴム糊状）が入った六角形スチール管が多数纏め《まとめ》られていて、高い空 ...</description>
    <pubDate>Thu, 04 May 2006 21:21:55 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[　モロトフのパン篭<span style="color: #CC9900;">《かご》</span>式のは半インチくらいの暗緑色のチューブで組み立てたラックに揮発油ジェル（ゴム糊状）が入った六角形スチール管が多数纏め<span style="color: #CC9900;">《まとめ》</span>られていて、高い空中でラックが壊れ、その六角の焼夷弾をばら撒く<span style="color: #CC9900;">《まく》</span>タイプ、爆発ボルト方式でラックを壊すのか、高い空中でパ、パ、パッと閃光<span style="color: #CC9900;">《せんこう》</span>が光ってました。そして夥<span style="color: #CC9900;">《おびただ》</span>しい数の光の点がまるで星座が静かに下りて来るように、ゆっくりと降ってきました。あの星座のような光の点は何だったのか、あれ以来ずっと考えているのですが、いまもって疑問です。<br /><br />　もう一つの型は直径１０インチか12インチくらいの円筒形で尾部に羽根のある、つまり普通の爆弾の形をしていました。松山の郊外４～５キロの農村でしたが、何かの間違いだったのでしょうか、六角のも円筒形のも少し降ってきました。畑や田んぼの軟らかい土ですから、ズボズボと突き刺さって不発になるか、河原で勝手に燃えてしまったのですが、同級生の一人はよほど運が悪かったのか家に直撃、焼けてしまいました。でも誰も怪我も火傷もしなかったのですから、幸運だったのでしょう。<br />　もう一発、近所の家に落ちましたが、地上に落ちる直前に軒瓦で横腹を打ったらしく、横向きに地面を直撃、ドテン。弾殻がひしゃげ、中身はゴム糊みたいなガソリンのゼリーですから、内圧が上がって尖端<span style="color: #CC9900;">《せんたん》</span>に捻<span style="color: #CC9900;">《ね》</span>じ込んであった信管が抜けて不発。ドジな爆撃照準手が落とした焼夷弾もドジ。結局風呂の燃料に使われてしまいました。<br />]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>Re: 焼夷弾（しょういだん）</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=2552</link>
    <guid>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=2552</guid>
    <description>引用：地方都市の軍設備も無いところをなぜ空襲するのと聞きますと、地上戦をする場合建物があると重車両が進みにくい、建物に敵が隠れることができる、そんなためもあったのではとの ...</description>
    <pubDate>Mon, 01 May 2006 15:13:35 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[引用：<div><blockquote>地方都市の軍設備も無いところをなぜ空襲するのと聞きますと、地上戦をする場合建物があると重車両が進みにくい、建物に敵が隠れることができる、そんなためもあったのではとのことです。<br /></blockquote></div>米軍は、兵器を使い分けていたようでした。焼夷弾は、明らかに、民家を焼くための兵器でした。戦後、飛行場の跡地へ行ったことがあるのですが、そこにあったのは、焼夷弾の残骸ではなくて、無数の機銃弾<span style="color: #CC9900;">《きじゅうだん》</span>の残骸でした。戦時中は、その飛行場に向けて低空で飛ぶ戦闘機の姿を何度も見ましたが、市街地へ向けての機銃掃射はありませんでした。<br /><br />地上戦をする場合、建物があると重車両が進みにくいということは、日本軍も考えていたようですね。狭い道路が、軍の命令で広げられるのだということで、友人の家が立ち退きを余儀<span style="color: #CC9900;">《よぎ》</span>なくされました。広げる理由は、戦車が通れないからだと聞かされました。<br />]]></content:encoded>
  </item>
    <item>
    <title>Re: 焼夷弾（しょういだん）</title>
    <link>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=2551</link>
    <guid>https://www2.mellow-club.org/densho/modules/d3forum/index.php?post_id=2551</guid>
    <description>引用：わたしの想像ですが、夜空から火が降ってくるという恐怖感を与えるための、いわば心理戦の小道具ではなかったのでしょうか。たとえば当時ナチスドイツはスツーカという急降下爆 ...</description>
    <pubDate>Mon, 01 May 2006 14:58:27 +0900</pubDate>
    <category>メロウ伝承館（事物のデータベース）</category>
    <category>Ｘ－その他</category>
    <content:encoded><![CDATA[引用：<div><blockquote>わたしの想像ですが、夜空から火が降ってくるという恐怖感を与えるための、いわば心理戦の小道具ではなかったのでしょうか。<br />たとえば当時ナチスドイツはスツーカという急降下爆撃機を持っていましたが、翼下に笛を備えていてダイブすると恐怖の音響が鳴り響く仕掛けがあった、ということからの連想に過ぎませんが。<br /></blockquote></div>そうかも知れませんね。恐怖心を与えるため、尾翼が笛のような音を出すようになっている爆弾があるそうですから。<br />]]></content:encoded>
  </item>
    </channel>
</rss>