あやさん、みなさん こんにちは
浦和高校時代 幼なじみの安西愛子にラブレターを書いたところ 彼女の父親から、こんなことをするのはまだ早い しっかり勉強しなさいという返事が送られて 失恋体験をしたことが書かれてあります。 (ずっとあとに、「日本の唱歌」(安西愛子共編 講談社文庫)の本を出した)
ほかにも 小学校時代から音楽の先生にほめられて 作曲家になりたいと 本居長世の門人となった。 でも、ピアノが弾けないから自分には無理だということに気がついて 父のアドバイスも受けて国語学の方言の研究の道に進んだ ということが書かれてあります。
同じ本居長世の門下生だった藤山一郎と一緒に 目黒不動の近くに本居長世の「十五夜お月さん」の歌碑を建てています。
一回り年下の妻と結婚したのは 源氏物語の若紫のように 自分の好みの女性に仕立てるつもりだった。 ところがふり返ると 博士論文提出が旧制の制度のぎりぎりに 妻が走り回って指導教授を見つけてくれたから間に合ったこと。 あの有名な誘拐事件のとき 自宅のテレビで犯人の身代金要求電話の録音を聴き、 他の専門家が山形県出身というのを 「この発音は茨城か栃木で、もし東北なら福島県の南部だ」 と一人でテレビに向かってつぶやいていたのを 妻が聞いて、放送局に連絡しろと勧める。 春彦がなかなか動かないのを見て とうとう妻が放送局に電話したので マスコミから正式に取材を受けることになり 犯人逮捕に繋がったことがありました。
というわけで 妻をコントロールしようと思っていたのに しだいに妻にコントロールされていたということに気がついたのでした。
紫の上も (二人だけのときには) しだいに光源氏をコントロールするようになって だから紫の上が死んだら 源氏も気が弱くなって お迎えを待つようになっていったことを思い出します。
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