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[No.151] 世界史迷宮のミステリー 投稿者:男爵  投稿日:2011/11/20(Sun) 13:16
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など多数のミステリーが解説されている。

鉄仮面はルイ14世にそっくりだった。
というのは
ルイ14世の父のルイ13世は不能とされ
妃アンヌの間に子がなかったが
跡継ぎを心配したリシュリューが
王の副官と妃の間をとりもって
産ませたのがルイ14世だった。

ルイ14世が大きくなると
実の父のこの副官の息子たちとよく似ていて
とくに三男のユスターシュがこの秘密を知り
異母弟の国王をゆすろうとしたししため
ルイ14世はことが大きくならないうちに
ユスターシュをとらえて鉄仮面をかぶせて幽閉したということである。


[No.384] Re: 世界史迷宮のミステリー 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/03(Sat) 13:14
[関連記事

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> スターリンの妻変死事件

スターリンの犠牲者の数は正確な統計資料が残されていないが
4千万人から6千万人だと言われている。
これにくらべるとヒトラーの方がはるかに少ない。

アメリカに亡命したスターリンの娘のスベトラーナの書いた回想録がある。
このスベトラーナの母親ナージャは1932年に
当時住んでいたポテシュヌイ宮殿で不審な死をとげている。

いちおう死因は自殺とされているが、夫のスターリンに殺されたのだとか
事件後にいろいろ不穏な噂がささやかれ、いまだに謎は究明されていない。

その前夜に、
ボルシェビキ革命から十五年で
クレムリンの赤の広場での記念パレードのあと
軍事委員のウォロシーロフの主催で夕食会が開かれ
党の幹部らが夫人同伴で出席した。

酒豪で有名なスターリンは、その夜も乾杯につぐ乾杯で気炎をあげていたが
ナージャが全然グラスに口をつけていないことに気がついた。
「どうしたんだ、お前、何かあったのか」
すると、ナージャは、あなたから「お前」と呼ばれる覚えはないわ、と怒って
さっさと席をたって部屋を出てしまった。

ナージャの死体が発見されたのは、その翌朝のことだった。
発見したのは使用人だった。
ナージャの死体は血まみれで、横にピストルが落ちていた。
そのピストルはスターリンの持ち物だった。
スターリンとナージャは別々の部屋で寝ていた。

スターリンの最初の妻は結婚三年目で結核で死んでいる。
それから約11年後にナージャと再婚した。
もともとナージャの父はスターリンと同じグルジア出身の共産党員で
昔から親しい仲だった。
スターリンより22歳年下のナージャは音楽学校を卒業して
レーニンの秘書団の一員として暗号室にいた。
スターリンはナージャから、レーニンの下す決定や指示をこっそり聞いていた。

なぜ、妻は公式パーティの席から飛び出して帰宅したのだろうか。
それまでの間に二人の仲はそうとう険悪なものになっていたと考えたほうが
自然ではなかろうか。
それについては諸説がある。
まず、スターリンの女性関係だ。
娘スペトラーナが生まれた頃から、スターリンはナージャと寝室を別にするようになり
複数の女性と関係をもつようになった。

この当時、政治局員カガノヴィッチの妹ローザと関係を結んでいた。
もともとモロトフの愛人だったローザは、スターリンと関係するようになった。
ナージャの死後、彼女はスターリンの事実上の妻となったことを考えると
たんなる一時的な火遊びではなかったようだ。
二人の関係に気がついたナージャは相当怒っていただろう。

もうひとつ考えられることは
元中央委員のリチューチンがスターリンの政策を批判して捕えられ
秘密警察の拷問で、数人の仲間の名を自白した。
その中にニキーショフがいた。彼はナージャの初恋の相手と言われる。

ナージャはニキーショフの釈放をスターリンに懇願したが
結局彼は処刑されてしまう。
そこでナージャはスターリンを恨むようになったという。

ナージャが自殺したのか、スターリンが殺したのか
いずれにせよ
ナージャを死に追いやったのがスターリンであることは本当のようだ。

スターリンの妻になったばかりに、31歳という若さで死に追い込まれた彼女はなんとも哀れである。