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[No.596] 駅を楽しむ!テツ道の旅 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/16(Fri) 08:19
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駅を楽しむ!テツ道の旅
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野田隆:駅を楽しむ!テツ道の旅

日本一海抜以下の深いところにある駅はどこか
 公式には青函トンネルの吉岡海底駅 海抜マイナス149.5メートル
 通常の旅客駅としては、馬喰町だったが京葉線東京駅が29.2メートル
なお上越線の土合駅は地下マイナス70.7メートルだが
改札口の標高653.7メートル、下りホームの標高583メートルの
標高差なので、海抜が低いわけではない。

この本に出ていた万葉線は高岡からの電車


[No.597] 万葉線 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/16(Fri) 08:36
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万葉線
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> 野田隆:駅を楽しむ!テツ道の旅

> この本に出ていた万葉線は高岡からの電車

万葉線の名前は
高岡に赴任した大伴家持からとった。

大伴家持は旅人の息子。
天平18年(746年)7月に越中守に任ぜられ、天平勝宝3年(751年)まで赴任。この間に220余首の歌を詠んだ。   これを記念して高岡駅前に像がある。

天平勝宝6年(754年)兵部少輔となり、翌年難波で防人の検校に関わる。この時の防人との出会いが、『万葉集』の防人歌収集につながっている。天平宝字2年(758年)に因幡守。翌天平宝字3年(759年)1月に因幡国国府で『万葉集』の最後の歌を詠む。

天平宝字元年(757年)に発生した橘奈良麻呂の乱には参加しなかったものの、藤原良継(宿奈麻呂)・石上宅嗣・佐伯今毛人の3人と藤原仲麻呂暗殺計画を立案したとされる。

延暦2年(783年)に中納言に昇進するが、延暦4年(785年)兼任していた陸奥按察使持節征東将軍の職務のために滞在していた陸奥国で没した。

多賀城で亡くなるのですが、多賀城ではそんなに取り上げられてはいないようです。
東日本大震災クラスの地震津波が多賀城にあって、その痕跡が最近発見され
東日本大震災は千年に一度の地震津波だったと言われるようになりました。

万葉線は 高岡-越ノ潟


[No.606] Re: 駅を楽しむ!テツ道の旅 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/16(Fri) 19:22
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Re: 駅を楽しむ!テツ道の旅
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> 野田隆:駅を楽しむ!テツ道の旅

この本に出ていた 
寅さん映画で一番よく出てくる
京成電鉄の柴又駅。

でも
寅さんが死んでから駅前の寅さんの銅像ができたから
シリーズの寅さんの映画には
この銅像は出てこない。


[No.607] 銚子電鉄 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/16(Fri) 19:34
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銚子電鉄
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> 野田隆:駅を楽しむ!テツ道の旅

この本にも出ている銚子電鉄は
JR銚子駅から乗り換える。

沿線では犬吠埼灯台も名所だが
竹久夢二の「宵待草の碑」を見に行こうと思った。

ところが
海鹿島駅前の地図では
簡単に見つかると思った「宵待草の碑」は
なかなか見つからなかった。
諦めたが滅多に来られる所ではないと思い
3時間くらいかけてついに発見。

国木田独歩の方は簡単に見つかったのに。