ザックスさん > ラジオ深夜便でナマでかなりを聞きました。 > いい番組でしたね。
では続きを...
貧しいながらも刺激に満ちた日々を東京でおくっていても やはり気がかりなのは、九州の家族のこと。
入院中の父の容態はどうだろうか。弟は商業学校に通っていたが、きちんと行っているだろうか。妹はどうしているだろうか。 夜、ふっと目が覚めて考え出すと、朝まで眠れない。
だが考えても自分ではどうしようもない。 自分が実家には迷惑をかけずに、東京で大学生活を続けていくだけで精いっぱいだった。
そのうちに授業料が払えないという問題が生じた。 いまよりずっと安かった授業料であったが、それでも年に二回、前期と後期に振り込まないといけない。 このお金がなかなかできない。三か月とか半年滞納すると、学部の事務局の掲示板に「授業料未納者」の名前が張り出される。 五木はその常連だった。それも半年、一年と延び延びになって、結局二年くらい滞納した。その間しょっちゅう督促がきた。
授業料をきちんと払った学生には、四月に新しい学生証をくれる。新年度の学生証は、しゃくなことに前の年の学生証と色を変えてあって、授業料を払った学生かどうか一目でわかるシステムになっていた。 たとえば大学の図書館には、新しい学生証でないと入れてもらえない。
大学は、授業料を納めない学生の卒業論文は受け付けてくれない。 しかたなく事務に行き、「二年ほど休学させてくれたら、その間に働くことに専念して月謝を払います」と申し入れたが、「だめだ」と受け付けてくれなかった。未納分の月謝を完納しないと休学も許可できないというのであった。
困って、「じゃあ、どうすればいいんですか」と聞くと、「抹籍願を出しなさい」と言われた。 「それなら退学します」と言っても、それまで授業料を払っていれば退学できるが、授業料を納めていない学生には、退学さえ認められないというのであった。
休学もだめ、退学もだめ。 抹籍というのは、大学にいた事実をいっさい抹消されて、資料もなくなることなのだった。
まいったなと思った五木は、父親がそのころ亡くなって、どうしても大学を卒業しなければならない足かせもなくなっていたので、抹籍届を出した。 大学を卒業しなければ生きてはいけないとは思っていなかったから。 (中退して作家になった例はいくらでもある。横光利一 太宰治 野坂 昭如...)
そんな憂鬱な日々を癒してくれるのは、やはり歌だった。 「有楽町で逢いましょう」はご当地ソングの走りだが、五木の好きな曲だった。 http://www.youtube.com/watch?v=7Nog3QNmCq4
♪ ♪
それまでの授業料を納めていない学生は、休学届も退学届も出せない。 出せるとしたら、抹籍届だけだ。
実は国立大学の場合も同じようだが、こちらは 抹籍ではなく除籍という。 籍がなくなるのは同じこと。
退学と抹籍(除籍)の違いは たとえば、選挙の候補者が「○○大学中退」と言われても もし、その大学に問い合わせたら 退学になっていれば退学という書類が残っているが 抹籍(除籍)になっていれば証拠の書類がないことになっているから 入学したことさえ証明してくれない。 で、つまり履歴を偽ったことになってしまう。 そんなことをいったって、合格発表の掲示板の写真とか合格通知書とか、当時の学生証とか同級生だった人たちの証言があるではないかと思うかもしれない。そんな資料や証拠(?)があっても、大学の学籍書類から抹消されているのだ。
卒業証明書ではなく中退証明書(そんなものをもし希望したろすると)、それが発行できるのは書類が大学に残っている場合であって、抹籍(除籍)では書類が残っていないのだから、なにも知らない人は、あの人が大学中退だって、とんでもない、大学にすら入学していないじゃないかと思うだろう。
現に五木はのちに某大学の聴講生になるのだが、これも大学中退かそうでないかでは、扱いがちがうのである。 大学中退でなく抹籍(除籍)なら高卒になるから、高卒者が大学の講義を聴講するのは簡単にはいかない場合がある(履歴書に高卒と書いた五木は試験を受けて聴講生となることができた)。
もっとも、五木は某パーテイで早稲田大学の総長に会う。 総長から「ぜひ校友会に入ってほしい」と言われて、「実は、中退でなく抹籍だから入る資格がないのです」と答えると、「どれくらい授業料を滞納されましたか」と聞かれ、「二年分くらいです」と答え、総長がすぐ大学事務局に連絡してくれた。 結局、五木は五万数千円をはらうことで、正式の早稲田大学中退と履歴書にも書けることになった。
私立大学ならともかく、国立大学ではどうだろうか、おそらくそういう扱いは無理だろうと思う。
|