野生動物の楽園と化した村
人のいなくなった村は静かだ。
クルマが空気を切る音、タイヤが路面をこする音。 人がいればするはずの音がどこからも聞こえない。
そんなとき、動くものが見えるとすると、たいてい野生の動物だ。
山道を運転していたときのことだ。 道ばたに大きな柿の木が見えた。
ふと、気づいた。柿の木の根元に、灰毛の老人が座っている。 道路のすぐ横に後ろ姿が見えた。落ちた実を拾って口に運んでいる。一体誰だろう。 車が通り過ぎる瞬間、彼が振り向いた。目が合った。顔が赤い。 ニホンザルだった。
畑にも、イノシシはよくいた。ジャガイモかダイコンか、村人が残していった作物を掘り起こして食っていた。 彼らはサルよりも剛胆なようで、車が近づいても逃げない。
聞き覚えのある話だった。 チェルノブイリ原発の周囲30キロの立ち入り禁止地帯がそうだ。 動物と野鳥の楽園になっているらしい。 北朝鮮と韓国の国境、両側幅2キロの非武装地帯へ行ったときも同じ話を聞いた。 人間が足を踏み入れることのなくなった領域は、野生動物の楽園になっている。
池に睡蓮が咲いているのを見つけて、カメラを手に近づいたとき ぼちゃん、ぼちゃんと水音がする。 足を止め、望遠レンズでのぞくと、葉の上にでっかいカエルが座っていた。
烏賀陽弘道:福島飯舘村の四季 双葉社 (2012.6)
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