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[No.95] スースーハーハー 投稿者:マサちゃん  投稿日:2013/11/12(Tue) 19:51
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スースーハーハー
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 昭和22年4月から、学制改革で小学校から中学校まで義務教育になった。
上野駅の路上にはまだ戦災孤児が沢山いて、一般家庭の食料は配給制度、米、野菜。魚など
も欠配が当たり前だった。戦後の傷跡が色濃く残っている時代。
農家の買い出しで、やっと芋などが手に入っても、帰りの列車での取り締まりで、全部没収
されるということあり、みんな飢えていた。
そんな中で、僕らは新制中学の第一期生となったから先輩と後輩はいない。
また肝心の学校校舎がないので、兵舎後を改造した他の学区の校舎に居候した。
 昭和24年、やっと木造2階建ての僕らの学校が出来て、落ち着くことが出来た。
新制中学は男女共学が建前だったが、教室は別々だった。
学校完成の記念行事の運動会で、マラソンもやろうという声が上がった。しかし食うや食わ
ずの生活で、栄養失調気味の生徒を長距離走らせるのは無理という先生や父兄会(後のPTA)
の声もあったが、校長の決断で決行することになった。
マラソンといっても学校の周囲の道路を1,500程度を走ることになった。
体育の先生は、「いいか、長距離を走るときは最初から飛ばしてはだめだ。スースーハーハ
ーと2回ずつ続けて息を吸い吐きながらマイペースで走るんだ、ゴールが近くなったらラス
トスパートをかけるんだぞ」と云った。
ちびるまで履けば長持ちするからと、天気と無関係に通学用の高下駄を与えられた僕達、靴
を買ってくれとは云えず裸足で走ることにした。
 よういドンで「ドタッドタッ」といった感じで走りだしたが、ほとんどの者はそれでも我
先に走り出した。
僕はマイペースでスースーハーハーと走り、みるみるみんなに追い抜かれてしまったけれど、
迷わずスースーハーハーとやっていた。
「昨日は弟二人窓の枠に腰掛けて、一升瓶に入れた水の飲み比べをやっていたっけ、あれで
空腹を紛らわせていたのだろう。」スースーハーハー スースーハーハー。
気がつくと僕を追い抜いた連中が、顎をだしてゼイゼイヒイヒイと今にも倒れそうに走って
いるのに追いついた。その連中を横目にじりじりと抜いていった。
「あの野郎いつも生意気なこと云ってやがるけど、なんだあのざまは」スースーハーハー。
「あぁあの角を左に曲がるんだな」スースーハーハー。沿道に町の人が見物している。
スースーハーハー、「酸素が足りないなー、もっと酸素を・・・」スースーハーハー 走れ
なくなって歩いているやつもいる。
5人抜き、10人抜いているうちにいつの間にか前にも後ろにも走っている者が見当たらな
くなった。
スースーハーハースースーハーハー。「酸素が足りない、苦しい・・・」
スースーハーハー、やっと学校の近くまで来た。「もう少しだ」スースーハーハー。
あぁ学校の正門が見えてきた。スースーハーハー。なんと校門の近くに女生徒がずらーと並
んでいて僕にさかんに手を振りながら声援を送っている。
戦時中、女とは口をきいてもいけないとたたき込まれ、しかも男兄弟の僕は、女は別人種に
見える。気にはなるけれどわざとしらん顔で駆け抜ける。
校門の近くになんと校長先生が心配そうな表情で立っている、僕が近づくとニコニコしなが
ら拍手で迎えてくれた。
 運動場を半周してゴールすると、担任の先生がとんできて「よくやった よくやった」と
僕の両肩を押さえて足踏みした。僕の「ゼイゼイ ハーハー」といった呼吸と合わず、かえ
って苦しかった。
やっと息が整った頃、先生が僕の足を見て顔をしかめ「早く医務室に行って手当てしてこい」
と云った。足の裏の皮膚が破れて血まみれになっていた。
そういえば、さっきから足の裏がジンジンと痛かった。

 運動会が済んで表彰式があり、記念撮影があった。
前列中央が校長と運動の担任、他は競技の上位者10人、僕は校長の隣だ。


[No.96] Re: スースーハーハー 投稿者:男爵  投稿日:2013/11/13(Wed) 06:41
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マサちゃん

>  昭和22年4月から、学制改革で小学校から中学校まで義務教育になった。

> そんな中で、僕らは新制中学の第一期生となったから先輩と後輩はいない。
> また肝心の学校校舎がないので、兵舎後を改造した他の学区の校舎に居候した。
>  昭和24年、やっと木造2階建ての僕らの学校が出来て、落ち着くことが出来た。
> 新制中学は男女共学が建前だったが、教室は別々だった。

> マラソンといっても学校の周囲の道路を1,500程度を走ることになった。
> 体育の先生は、「いいか、長距離を走るときは最初から飛ばしてはだめだ。スースーハーハ
> ーと2回ずつ続けて息を吸い吐きながらマイペースで走るんだ、ゴールが近くなったらラス
> トスパートをかけるんだぞ」と云った。

> ちびるまで履けば長持ちするからと、天気と無関係に通学用の高下駄を与えられた僕達、靴
> を買ってくれとは云えず裸足で走ることにした。

裸足 私が小学生の頃はよく見ました。 みんな足が丈夫だったんですね。

> 気がつくと僕を追い抜いた連中が、顎をだしてゼイゼイヒイヒイと今にも倒れそうに走って
> いるのに追いついた。その連中を横目にじりじりと抜いていった。
> 「あの野郎いつも生意気なこと云ってやがるけど、なんだあのざまは」スースーハーハー。

> 5人抜き、10人抜いているうちにいつの間にか前にも後ろにも走っている者が見当たらな
> くなった。

> やっと学校の近くまで来た。「もう少しだ」スースーハーハー。
> あぁ学校の正門が見えてきた。スースーハーハー。なんと校門の近くに女生徒がずらーと並
> んでいて僕にさかんに手を振りながら声援を送っている。
> 戦時中、女とは口をきいてもいけないとたたき込まれ、しかも男兄弟の僕は、女は別人種に
> 見える。気にはなるけれどわざとしらん顔で駆け抜ける。

学校制度も新制になって
近くに新制の高校ができて
男女が手をつないでフォークダンスをしているむのを見た丘灯至夫は
のちに「高校三年生」の歌詞を書いた。

  フォークダンスの 手をとれば
  甘く匂うよ 黒髪が

これを見た阿久悠は書いている。
甘く匂うなんてとんでもない。汗臭いだけだ。

> 校門の近くになんと校長先生が心配そうな表情で立っている、僕が近づくとニコニコしなが
> ら拍手で迎えてくれた。
>  運動場を半周してゴールすると、担任の先生がとんできて「よくやった よくやった」と

>  運動会が済んで表彰式があり、記念撮影があった。
> 前列中央が校長と運動の担任、他は競技の上位者10人、僕は校長の隣だ。

先生の呼吸法のアドバイスがよかった。
そのアドバイスにまじめに従ったのがよかった。