[No.15705]
矢口高雄:ふるさとって何ですか
投稿者:男爵
投稿日:2010/09/03(Fri) 08:01
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テレビ番組の課外授業ようこそ先輩のシリーズのひとつ
ここでは以前に玄侑宗久の場合を紹介したことがあります。
秋田県平鹿(ひらか)郡増田町狙半内(さるはんない)字中村(当時は雄勝郡西成瀬村)に生まれた矢口高雄が
自分の学んだ当時の小学校が統合されてできた増田東小学校に行って
先輩としての授業をすることになった。
この授業の後、彼ら小学六年生が卒業するとともに、この小学校は廃校となり、町の小学校と統合することが決まっていた。
この本の中で
矢口高雄は道草とは、本来牛馬が道ばたで空腹を満たすため草を食べることであり
昔は子どもたちも学校の帰りに寄り道をしてスカンポやツツジの花や桑の実を食べたりしたが、そういう道草をすることで一時的に空腹を満たしていたものだった。
道草はいっけん無駄なようで、ふりかえるとふるさとの自然観察ができたから貴重な体験だったことを子どもたちに説明する。
漫画「釣りキチ三平」の中には、子ども時代の矢口が道草で得た知識と経験がいっぱい反映されている。
雪深い山村で育った矢口高雄が漫画家になるため上東して、雪のない正月を迎えた時、何とも心の落ち着かない、心のやすまらない自分に気がつく。
いまごろ故郷では雪の中で苦労しているだろうな、自分は雪がなくて楽な生活だ、どうだうらやましいだろうと理屈ではふるさとの人たちに向かって自慢したいはずなのだが
テレビでふるさとの雪頼りみたいなものをやっていると、いつの間にか涙ぐんでいる自分がいた。
あんなにいやだった秋田の冬が、東京に暮らしていると、なつかしくなる。
人は、そのものがなくってしまったとき、失ってはじめて、その価値がわかるのである。
まことに、ふるさとは遠くにありて思うもの、である。
だが、現代の増田町の小学生たちは、スクールバスで統合された学校に通うため、道草体験もごく少なくなるであろう。整備された道や川には昆虫も魚も蛍も少なくなっていく。
☆ ☆
矢口高雄の矢口は
平賀源内作「神霊矢口渡」で有名な大田区矢口にしばらく住んでいたので
その地名からとったペンネームである。(本名は高橋高雄)
東急多摩川線の矢口渡駅は蒲田駅の隣。
「昭和のくらし博物館」へ行った時、東急多摩川線「下丸子駅」より徒歩で行ったのだが
矢口渡の駅は電車で通った記憶がある。