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[No.102] 奉安殿 投稿者:BEE  投稿日:2008/01/06(Sun) 09:01
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昭和4年に小学校へ入ったのですが、当時学校には奉安殿(ほうあんでん)という建物がありました。中には天皇・皇后両陛下の写真と、教育勅語が納められていたようです。

天長節や紀元節などの行事の際に校長先生が白い手袋をして教育勅語を奉読し、一同は頭を下げて聞き入っていました。

ミスがあると懲罰をうけたらしく、校長も大変緊張していた様子です。

  
   *** BEE ***


[No.104] Re: 奉安殿 投稿者:あんみつ姫(小池)  投稿日:2008/01/06(Sun) 09:09
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BEEさん、おはようございます!

奉安殿のこと、ありがとうございます。
天長節、紀元節なんて、言葉では知ってますけど、全く馴染みが
ありません。

当時の教育を受けた皆さんから見たら、ケシカランかも・・です。

> ミスがあると懲罰をうけたらしく、校長も大変緊張していた様子です。

して、児童生徒はどんなんでした?
やっぱり緊張したんでしょうねぇ。

今の子たちは、在学中に緊張するような式典を経験することは無いんじゃ
ないでしょうかねぇ。


[No.106] Re: 奉安殿 投稿者:マーチャン  投稿日:2008/01/06(Sun) 10:23
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BEE さん

 「大正の部屋」へ、ようこそお越しくださいました。

> 昭和4年に小学校へ入ったのですが、当時学校には奉安殿(ほうあんでん)という建物がありました。中には天皇・皇后両陛下の写真と、教育勅語が納められていたようです。
>
> 天長節や紀元節などの行事の際に校長先生が白い手袋をして教育勅語を奉読し、一同は頭を下げて聞き入っていました。
>
> ミスがあると懲罰をうけたらしく、校長も大変緊張していた様子です。

 そうだったのですね。

 当時は、公立の学校の監督をしていた方は、確か「視学」といいましたね。
 伯父が学校の先生をしていましたので、聞いたことがあります。


[No.130] Re: 奉安殿 投稿者:amtzz  投稿日:2008/01/07(Mon) 13:54
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> 昭和4年に小学校へ入ったのですが、当時学校には奉安殿(ほうあんでん)という建物がありました。

私の父が終戦のとき、小学校長でした。空襲警報が発令されると御真影を奉安殿から
地下壕へうやうやしく移動していました。

 噂に聞いた話ですが、奉安殿のなかった学校で御真影を焼いてしまった校長は死をもって責任を果たしたということでした。

 戦後、奉安殿を撤去する作業が大変でした。今のような重機がなく、進駐軍の厳命で
地域の住民が手作業でやっていたような記憶があります。

                            amtzz ( 1927〜)


[No.133] Re: 奉安殿 投稿者:季寿(きよし)  投稿日:2008/01/07(Mon) 19:02
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BEEさん こんばんは

ご無沙汰しています

私の小学校では、校門を入った中庭に「奉安殿」がありました。
私が入学したのは昭和19年でしたが、校長先生の教育勅語の奉読は記憶が
あります。
その「奉安殿」も低学年のことで、それが何なのかは分りませんでしたが、
後になって判ったしだいです。

    季寿


[No.137] Re: 奉安殿 投稿者:  投稿日:2008/01/08(Tue) 13:51
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 BEEさん、皆さん。

 私も、昭和16年国民学校に入学したさい、校舎の前の東側に小さな建物がありなんだろうと思っていましたが、後で「奉安殿」と呼ぶ事を知りました。

 通学の際、校門を過ぎると奉安殿の方に向いて、脱帽の上一礼してから教室に入るように言われていたのを思い出しました。


                 〜〜 昭 〜〜


[No.140] Re: 奉安殿 投稿者:大正坊や  投稿日:2008/01/08(Tue) 16:34
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BEEさん ご無沙汰しています。

私の小学校は山奥の小さな学校でしたから奉安殿はありませんでした。
奉安殿の有るのは大きな町の小学校だけではなかったかと思います。

中学校には有りました。校門を入った横にコンクリ−トで神社に似た
小さな建物があり、周りには玉砂利を敷き、四隅と入口に石柱を立てて
鉄の鎖で囲っていました。

登校下校の時は奉安殿の前に直立不動の姿勢をとり挙手の敬礼をする
ことになっていました。

紀元節とか天長節の式典の日には、式の始まる前に校長と教頭が奉安殿
から白布で覆った天皇陛下の御真影と教育勅語の入った桐箱を出して
恭しく頭上に押し戴いて講堂の祭壇に運びます。

その間校庭にいる生徒達は不動の姿勢をとって見送ります。

式が始まると、まず校長が祭壇の前に進み出て御真影の収められた箱の
扉を開きます、その間全員最敬礼。
そのあとで教育勅語の朗読があります。
朗読の間全員頭を下げたまま拝聴します。

皆真剣に聴いていたかって? 人のことはわかりませんが、私は朝
登校時に道ですれ違った女学生の顔を思い浮かべたりしていましたなぁ。

小学校でも同じような式を行いましたが、式が終わると先生から紅白の
饅頭をもらいました。これが一番うれしかった。

                      大正坊や

  


[No.141] Re: 奉安殿 投稿者:マーチャン  投稿日:2008/01/08(Tue) 18:02
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大正坊やさん

 いつも、貴重なお話をありがとうございます。

> 朗読の間全員頭を下げたまま拝聴します。

 私は「お式」というのは一年生のときしか記憶がないのですが「勅語奉読のときは、ちゃんとアタマを下げているように」と教頭先生から厳命されたのを記憶しています。
 そして先生方も神妙にアタマをさげておられました。

 しかし、私は同じクラスのやんちゃ坊主もちゃんとアタマを下げているのかどうかが気になったので、ちょっと首を上げてみました。
 トタンに「○○○○、キョロキョロするなっ」との叱責の声が聞こえてきました。

 私は、そのとき不思議に思いました。
 「先生は何処に目が付いているのだろう。神妙にアタマを下げていれば、生徒がキョロキョロしているのも見えないはずだのに」ーーー。