悠々世代 
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[No.298] Re: KYとND(2) 投稿者:藤井  投稿日:2007/08/28(Tue) 10:05
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 師弟関係について

師弟関係について、いささか愚考を述べてみます。師と仰ぎ、教えを乞う。厳しいながらも、愛情を込めて教える。心技体の中で、心の部分が濃厚な関係ではないでしょうか。
 これは相撲界に限らないと思います。小生は、これまで教えられたことは沢山ありますが、残念ながら仰ぎ見る関係はなかったように思います。ただ、高校時代に教えを受けた各教科の先生方の情熱には、今でも頭が下り、興奮を覚えます。わが人生で最も情熱を燃やした時代だったからです。それは、昭和32年〜34年の広島大学付属福山高校です。県下有数の進学校でもありました。当時、物資も少なく貧困でした。荒廃から立ち上がらんとして、師弟が情熱に燃えていました。英語や数学や物理や国語や漢文や人文地理の先生の顔が今でも目に浮かびます。貧困や空腹を紛らわすような情熱でした。それまでは東大、京大合格が毎年1〜2名程度でしたが、わが学年は東大に10名、京大にいたっては20名は超えたと思います。ライバルにも恵まれて、大変仕合わせな青春時代だったと思います。人生に悔いなし。もっとも、学力だけが全てではありませんが。
 古い話ですが、といっても、150年ほど前の話です。幕末長州の松下村塾では、27歳(?)の吉田松陰が三代目の塾頭に就いて、塾生に言った言葉です。「一世の奇子にあいて、わが頑鈍を磨かんとするなり」と。弟子にも尊敬の念で、呼び捨てにしなかったそうです。また、愚鈍な弟子の良い所を探して認めたそうです。決して悪い所を直そうとはしなかったとも言われています。維新前後で活躍した高杉晋作、伊藤博文、山形有朋ら逸材を多く輩出しています。伊藤や山形等は、若年時には箸にも棒にも掛からなかったそうです。後も長州から、多くの歴代総理が出ていますが。
 師弟関係とは一体何でしょうか。よく判りません。諸先輩のご意見を。


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