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[No.284] KYとND(2) 投稿者:藤井  投稿日:2007/08/26(Sun) 19:29
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長男が小学校6年生の20年前、PTAの役員会で360円/半年の会費の値上げを検討した事がある。校長先生は360円でも払えない家庭があるといって、顔を曇らせた。我々役員は値上げの前に出来ることはないかと考えて、廃品回収を決議した。生徒や父兄の協力を得て、10万何がしの予想外の収入を得た。この活動はその後10年は続いたように思う。
 今、安倍新内閣の期待人事を検討する番組で、増税の火を消さないために、この人の入閣が必要だと言っていたのに、唖然とした。増税は出来ることをやったあとで考えることではなかろうか。どうも国民の空気が読めないでいる。評論家がいうので二度びっくりであった。それを受け入れた今人気の司会者にも呆れた。無駄な歳出削減の方法は幾らでも残っている。大きいのは官僚の天下り禁止と特別法人の整理である。これが出来ないで、増税の火は消さないとはもってのほかである。 ある女性評論家は、家庭では1円でも明らかにしている。税金で仕事をする政治家が事務所費を明らかに出来ないのがおかしいと言っていた。その通りである。
 政治家も国民の空気が読めていない。元政治家のご意見番も参議院の一人区での惨敗は、地方へのバラマキ事業の縮小が急激過ぎたと反省している。庶民が等しく持つ一票の意味がよく判っていない。また、中選挙区の復活の動きすらあると聞く。自分たちの都合のよいことしか考えていない。人間としてどうもと、思いたくなる。
 今、二番目に大きな問題は横綱・朝青龍の問題という。大騒ぎをしているのはおかしい。所詮、公私混同したツケだ。甘ったれての悪あがきだ。親方が完全になめられている。毅然として破門の道を探るべきだ。その点で、モンゴル大統領は偉かった。郷に入れば、郷に従えと。振りまわされてはバカバカしいではないか。


[No.286] Re: KYとND(2) 投稿者:   投稿日:2007/08/26(Sun) 20:42
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スポーツ選手のガッツポーズはあまり好きではない。
もうそんなことを言っても通らないくらいに当たり前になった。
しかし朝青龍が勝って土俵を降りる前に見せる表情はいただけない。
これは好みの問題ではない。本人の人間性の問題である。まさにND・・


[No.287] Re: KYとND(2) 投稿者:まや  投稿日:2007/08/27(Mon) 06:31
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> スポーツ選手のガッツポーズはあまり好きではない。
> もうそんなことを言っても通らないくらいに当たり前になった。

同感です。それに金メダルを噛んでみせたりするのもイヤですが、いつのころからか当然のようになりました・・・見たくないですねぇ。

> しかし朝青龍が勝って土俵を降りる前に見せる表情はいただけない。
> これは好みの問題ではない。本人の人間性の問題である。まさにND・・

 朝青龍は負けて倒れている相手を足蹴にしたこともありました。大変に不愉快です。
 それを今まで責めなかったのは何故でしょう? もっと早期に誰かが注意するなり、マスコミが非難したりしていれば彼は多少は「心・技・体」を学んでいたでしょうに・・・

 今度の彼に対する「懲罰」は当然だと思うけれど、彼が仮病を使って巡業をさぼったという事実はどうなったのでしょう? 精神的に参っているとか、ウソにウソを重ねての医者の処方箋ってなんでしょう? 

まや 〜所沢〜


[No.288] Re: KYとND(2) 投稿者:変蝠林(1917-)   投稿日:2007/08/27(Mon) 07:10
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> > スポーツ選手のガッツポーズはあまり好きではない。
> > もうそんなことを言っても通らないくらいに当たり前になった。
> > しかし朝青龍が勝って土俵を降りる前に見せる表情はいただけない。
> > これは好みの問題ではない。本人の人間性の問題である。まさにND・・

蒙古相撲を御覧になった方は御承知の如く彼等の勝者は大袈裟な身振りで
闘技場を踊り周るのが儀礼です。

蒙古人を弟子入りさせた親方は日本相撲の仕来りを教育せねば成りません
でした。

其れを怠って日本相撲に汚泥を残した親方の責任こそ追求されるべきです。

                                  変蝠林(1917-)


[No.289] Re: KYとND(2) 投稿者:えー  投稿日:2007/08/27(Mon) 09:15
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みなさんのおっしゃることごもっともなことばかりです

もともとお相撲取りに人格が高邁なかたがいたとは
思っていませんが
違ったでしょうか?

             えー


[No.291] Re: KYとND(2) 投稿者:   投稿日:2007/08/27(Mon) 10:25
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> もともとお相撲取りに人格が高邁なかたがいたとは
> 思っていませんが
> 違ったでしょうか?

  え〜 お古いおうわさで
   谷風は立派な人物だったとか
    もっとも講談話でのことですが(^^)


[No.293] Re: KYとND(2) 投稿者:藤井  投稿日:2007/08/27(Mon) 11:57
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スポーツ・マンのガッツポーズにはヤッタという誇らしさ
から出たのでしょうが、敗者に対する思いやりが欠けていますね。
相撲道には、敗者を助け起す思いやりが、日本人の
古き武士道に通じる「意識の美」が、あるようです。
西欧のスポーツ・マン・シップにもあるように思います。
高校野球に感動するのも、正々堂々と全力を尽くすと同時に
勝っても誇らない美がありますね。
心技体とはよくいったものです。


[No.296] Re: KYとND(2) 投稿者:   投稿日:2007/08/28(Tue) 05:17
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白兎山人さん、みなさん、今日は

> > もともとお相撲取りに人格が高邁なかたがいたとは
> > 思っていませんが
双葉山は立派でした。

自ら律して
待ったは絶対しない、相手に突っかけられたら、いつでも受けて立つ。
はたき込み、肩すかし、張り手、絶対しない。など

それに比べて最近の相撲は引いたり逃げたりが多い。

内舘牧子は相撲審議会の委員ですが彼女の意見はいつも厳しくて面白い。

KAME(亀井)


[No.297] Re: KYとND(2) 投稿者:藤井  投稿日:2007/08/28(Tue) 07:15
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> もともとお相撲取りに人格が高邁なかたがいたとは
> 思っていませんが
> 違ったでしょうか?

面白い問いかけでしたね。結構、勇気が要ると思います。このご意見で、色々と相撲界の過去が芋づる式に判ってきましたね。戦後でも、名横綱と言われた人達は自らを厳しく律し、心技体の完成を目指したように思われます。
それにしても、モンゴル帰国に親方が同行する(?)とは意図が判りません。伝統ある相撲道を守りたいならば、毅然とした態度がいると思いますが。たとえ、封建的といわれても、師弟制度には、新しい民主主義や過保護は似合わないと思います。             


[No.298] Re: KYとND(2) 投稿者:藤井  投稿日:2007/08/28(Tue) 10:05
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 師弟関係について

師弟関係について、いささか愚考を述べてみます。師と仰ぎ、教えを乞う。厳しいながらも、愛情を込めて教える。心技体の中で、心の部分が濃厚な関係ではないでしょうか。
 これは相撲界に限らないと思います。小生は、これまで教えられたことは沢山ありますが、残念ながら仰ぎ見る関係はなかったように思います。ただ、高校時代に教えを受けた各教科の先生方の情熱には、今でも頭が下り、興奮を覚えます。わが人生で最も情熱を燃やした時代だったからです。それは、昭和32年〜34年の広島大学付属福山高校です。県下有数の進学校でもありました。当時、物資も少なく貧困でした。荒廃から立ち上がらんとして、師弟が情熱に燃えていました。英語や数学や物理や国語や漢文や人文地理の先生の顔が今でも目に浮かびます。貧困や空腹を紛らわすような情熱でした。それまでは東大、京大合格が毎年1〜2名程度でしたが、わが学年は東大に10名、京大にいたっては20名は超えたと思います。ライバルにも恵まれて、大変仕合わせな青春時代だったと思います。人生に悔いなし。もっとも、学力だけが全てではありませんが。
 古い話ですが、といっても、150年ほど前の話です。幕末長州の松下村塾では、27歳(?)の吉田松陰が三代目の塾頭に就いて、塾生に言った言葉です。「一世の奇子にあいて、わが頑鈍を磨かんとするなり」と。弟子にも尊敬の念で、呼び捨てにしなかったそうです。また、愚鈍な弟子の良い所を探して認めたそうです。決して悪い所を直そうとはしなかったとも言われています。維新前後で活躍した高杉晋作、伊藤博文、山形有朋ら逸材を多く輩出しています。伊藤や山形等は、若年時には箸にも棒にも掛からなかったそうです。後も長州から、多くの歴代総理が出ていますが。
 師弟関係とは一体何でしょうか。よく判りません。諸先輩のご意見を。


[No.299] Re: KYとND(2) 投稿者:藤井  投稿日:2007/08/28(Tue) 18:18
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私は「テロ特措法」の延長に必ずしも賛成ではありません。米国の軍国主義に加担して、正当化する恐れがあるからです。といって、国家の防衛に上手い案がある訳ではありません。ただ、平和的手段を検討して米国に具申するしかないと、漠然と思うに過ぎないのです。どうすれば、国家の自主独立の宣言が出来るか悩ましいところです。
 元防衛庁長官の石破氏はくぐもった声で、よく言います。安倍総理の言葉には心に響く物がないと。私も一国の政治を預かる者には国民の心を揺さぶる信念と情熱が欲しいと、かねがね思っています。ワンフレーズ絶叫型の小泉劇場に国民は多くの期待を持ちました。「郵政民営化無くして、改革なし」と。国民に痛みを求めた構造改革路線は大丈夫でしょうか。確かに、自民党はおおよそ壊れ、国民に痛みはあった。依然として、政治家や官僚の襟を正す姿勢が見えて来ません。
 長州出身の安倍総理に国民を納得させるに足る強い信念と情熱を見せて欲しいと思うのは自分だけでしょうか。祖父・岸信介元総理の「日米安保条約」延長や佐藤栄作元総理の「沖縄返還」を上回る大きな視野を期待するものです。
 いずれにしても、「テロ特措法」では、小沢代表と石破氏の心に響く挙動に注目したいと思います。