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[No.126] 老舗だらけのわが街・佐倉〜7 投稿者:   投稿日:2009/12/27(Sun) 23:43
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老舗だらけのわが街・佐倉〜7
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 日本でのソバ栽培の歴史というのはたいへん古く、どうやら縄文時代にまで遡るらしい。

 むかしからそれだけ飽きずにたべ続けて来たのだから、ソバの愛好者も長生きをするのだろう。

 店の方も商品のソバ同様、長寿を保つものなのか、この店「川瀬屋」は何と天保の創業で、開業以来かれこれ170年にもなるという。

 初代は最初は米穀をあつかい、後に蕎麦屋に転業したようだ。名は加藤清助とか云ったらしい。

 まず店構えだが、市内の蘭学通りに面し、佐藤泰然の蘭学塾跡で名高い佐倉順天堂記念館にも程近い。また土井利勝創建の松林寺も指呼の間だ。ちょっと足を伸ばせば、重要文化財の旧堀田邸も歩いていける。☆

 設備としては、10台は十分入れる立派な駐車場があるので車で来てもまったく心配は要らないし、感心したのはトイレで、男子、女子用のほか、障害者用のものが別に用意してある。店内には、有名人の色紙★なども数多く、2階には40人以上収容できる座敷もある。

 自慢は手打ちのニ・八ソバ。かき揚げなども注文が多いらしい。

 ★ 先日、テレビ朝日の「ちい散歩」で、地井さんがこの店を訪れたらしく、明るい一階の椅子席の壁に地井武男さんの色紙がかかっていた。

 ☆ 歴史好きには持って来いのウォーキングコース。今年9月にはここで、NHK「坂の上の雲」第2部7回に出てくるワンシーンの撮影が行なわれたよし。何でもそれが秋山真之と季子との見合いシーンだったとか。


[No.133] Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7 投稿者:   投稿日:2009/12/30(Wed) 13:24
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Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7
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川瀬屋さんの正面入り口。


[No.134] Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7 投稿者:   投稿日:2009/12/30(Wed) 13:28
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Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7
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  駐車場側からの入り口。気軽に入りやすい感じ。


[No.135] Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7 投稿者:   投稿日:2009/12/30(Wed) 13:54
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Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7
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さすがは古い店だけあって、古文書がありました。これは佐倉の宗吾霊堂に壱円也を寄付したときの証文でしょうか。下総国印旛郡公津村の9字が今ではなにか古めかしい感じをあたえます。宗吾霊堂へ行くには、京成電鉄の宗吾参道駅で下車します。つぎの駅が「公津の杜」駅です。

 証文の『間ノ町』というのは旧名で、現在はこのあたりは新町と呼ばれています。なお、旧名を記した道標が店の前に建っています。


[No.136] Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7 投稿者:   投稿日:2009/12/30(Wed) 14:29
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Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7
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もう一つ証文をお眼にかけよう。これは商売にからんだもので、佐倉藩の6代目当主、堀田正倫公のお屋敷に蕎麦を掛けで売った時のものらしい。さすがこうしたことは執事の仕事で、公が直接タッチされるようなことはないが…。

 この正倫公というのは、黒船来航のとき、アメリカのタウンゼント・ハリスと渡り合ったあの、正睦公の4男にあたる。

 最後の藩主となった公は、この証文の日から9年後に他界された。


[No.137] Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7 投稿者:   投稿日:2009/12/30(Wed) 15:11
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Re: 老舗だらけのわが街・佐倉〜7
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手書きより、この方が分かりよいかも。(^_-)-☆