> > 学会の用事とか外国の大学訪問などで > > 外国に行くときはたいてい一人で旅行してきました。 > > > そこで問題なのが飛行機に乗るとき、特に中国ではトラブルがしょっちゅう。
四川省成都に行ったときの話です。 上海に一泊してから翌日に成都に行く予定でした。 ところが上海の飛行場で搭乗手続きをすると 私が日本で買っていった飛行機のチケットが使えないのです。 これは予約されていないから無効であるとかなんとか言って ここでもう一度買えといういうのです。
しかし、お金(中国元)が少し足りなかったのです。 夕べの上海カニで使いすぎたらしい。 わずか足りなくても、トラベラーズチェックで両替しなければなりません。 ところが、銀行がその時間(午前11時くらい)に開いていないのです。 結局その飛行機には乗れず、深夜の便のキャンセル待ちとなりました。 もう、ここで日本に帰ろうかと思ったくらいです。
いちばん苦になったのは、私が飛行機で着くと思って 成都の飛行場に迎えに来てくれる大学の先生に申し訳がないこと。 すぐ連絡しなくては。 といっても、勝手がわからず、言葉もできない私は 上海で案内してくれた若い中国人男性に頼るしかありません。 さいわい彼は四川省の大学を卒業していたので、向こうの言葉ができます。 (北京語、上海語、広東語、四川省の言葉 それらは全部違います)
彼は私の代わりに電話をかけてくれようとしますが、電話がつながりません。 どうやらお昼には、向こうの大学が節電のため、電気を切っているらしい。 さてさて、困った。ファックスで連絡する方法はないのかと、上海の飛行場の近くを 歩き回りました。 某ホテルの1階に日本語でビジネスセンターと書いた看板を見つけました。 どうやらそこは日本人ビジネスマンのためのサービスをするところらしい。 そこで、成都の大学にファックスを送ってもらうよう頼みました。 やはり、そのときは向こうの大学が節電していてファックスが使えないようで 届くまで何度か送ってもらうようにしてもらったのです。
結局、深夜に成都に着き、迎えの車で大学の招待所に入ることができました。 向こうの大学の先生方からも「自分たちもこういうめにあっている」となぐさめられました。 日本に帰ってから、このチケットを売った旅行会社に文句をいいました。 代金は当然返してもらいましたが。
私を上海で一日中世話してくれた中国人の青年は、日本留学が希望で そのお礼に翌年、私の大学に迎え入れました。 彼の世話をして私費留学の大変なことを実感しました。生活費から授業料から、その他日常の問題など。 まず、仙台に入国管理局に行って、受け入れて続きの書類を書いたが、不十分な資料だと言われ受け付けてもらえず、成果なく盛岡に帰ってきました。 そんなことを三度も繰り返すと、最後に入管の係は、どう書けばよいかポイントを教えてくれました。 いろいろ苦労したことは、その後の何人もの留学生の世話をするときに役に立ちました。
記録を調べると、この悲惨な旅行は 1992.10のときでした。 成都から北京に移動するときも、飛行機の故障で3度ほど成都の飛行場で搭乗手続きを繰り返し 北京に着いたのは予定時間を10時間くらい遅れていました。 それでも、辛抱強く北京空港で待っていてくれた中国人には感謝しています。
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