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[No.6842] Re: 民博(みんぱく)の補足 投稿者:男爵  投稿日:2014/10/12(Sun) 04:38
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> > > > > > > > > > 前回残した写真を紹介します。

日本における
各種の民族学校です。

いろいろな民族の学校がありますね。

海外の日本人学校みたいなものでしょうか。


[No.6841] Re: イタリア人は他者の眼にどう映ったか(主として旅行者や作品に) 投稿者:唐辛子紋次郎  投稿日:2014/10/11(Sat) 21:23
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あっしがさいきん「文集の部屋」に書いたものを読み直してみたら、どういうわけか#6813でも、#6816でも、薬草園のことに触れていた。

 これはもちろん、意図的ではないのだが、なにか意識の底に薬草とか薬草園のことがあったのかも知れぬ。こじつけだが、息子の嫁が結婚する前住んでいたのが、薬円台(以前は薬園台という地名だった)☆。

 ☆ 江戸時代、この地に幕府直轄の薬草園があったので、この名が付いたということである。

 実はきょう、自宅の書庫で何となく澁澤龍彦の「毒薬の手帖」というのをぱらぱらやっていたら、#6813で書いたラパチーニの小説が載っていた。澁澤によれば、この手の小説はホーソーンだけでなく他にも、ロシアのソログープというのが同じようなのを書いているようだ。澁澤は薬草園と云わず、毒草園といっているが、これが出て来るというだけなら、マルキ・ド・サドの作品にもあるそうである。

 ラパチーニのものもそうだが、毒を少量ずつ摂取するうち、自然に免疫ができ、毒に強い体質が作り出されるという。何故そんなことをするかといえば、西洋の中世では、政敵を屠るために毒殺が大流行した。そこで、たとえ運悪く、毒を盛られたとしても平気な体質を当時のひとが、挙って夢見るようになったのかも知れぬ。

 サリン事件でもそうだが、洋の東西を問わず、人間には、等し並に、毒への嗜好があるらしい。澁澤自身も愛好者であることを『自白』している。

 考えてみれば、毒のある植物なら身近にもたくさんある。埼玉県日高市巾着田などでその群生が見られ、わざわざカメラ片手に大勢の見物客がやってくる、ただ今人気上昇中の赤い花、あのヒガンバナ(曼珠沙華)だって、有毒植物のひとつには違いないのだから。植物を使った殺人事件では、1986年、莫大な保険金の絡んだトリカブト殺人事件がある。


[No.6840] Re: 民博(みんぱく)の補足 投稿者:男爵  投稿日:2014/10/11(Sat) 05:53
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> > > > > > > > > 前回残した写真を紹介します。

イタコはシャーマニズムの伝統で
韓国の巫女(ムーダン)につながるのか。

ある本に書いてあったが
傀儡(くぐつ)は、流浪の民や旅芸人の集団で
男は操り人形の人形劇を行い、女は劇に合わせた歌を唄ったりしていたが
女は呪術にもたずさわっていた。
それは
ジプシー女が、踊ったり歌ったり、占いや呪術するのと
似ている。
  傀儡たちは朝鮮半島から来たらしい。

青森県のオシラサマは
岩手県の遠野のものとは
少し感じが違う。


[No.6839] Re: 民博(みんぱく)の補足 投稿者:男爵  投稿日:2014/10/10(Fri) 04:53
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> > > > > > > > 前回残した写真を紹介します。
>
> 韓国のコーナーにあった
> チャルメラです。

こちらは
日本統治下にあった
戦前の韓国の観光絵はがきです。

これを見ると名所は変わっていないようです。

カラーの絵はがきがあるのは
モノクロ写真に色を付けたのでしょうか。


[No.6838] Re: 動け! 働け! 投稿者:あや  投稿日:2014/10/09(Thu) 14:15
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GRUEさん

感想をありがとうございます。

>
> 余りのすごい生活に声もでません。読んでる皆さんもきっと同じでしょう。
> このエネルギー源は何でしょうか?
>
> このお医者さんも豪傑ですね。

まだ若い方ですが、豪傑です。変な質問をすると「今度調べてくるよ」
となるのです。

>
> > どうぞ、みなさんもこんな、身の回りの一遍を書いて、投稿なさって
> > くださいませ。お待ちしています。
>
> そうですよね。ここは、ご自分が感じたこと、経験したことの中で少し
> まとまったものを、題材を問わずに文章にしていただくところです。
> あやさんは、「文集」と言わずに「文章」の部屋と意識してかどうか
> 言っておられます。

意識していませんでした。頭の中がちょっとおかしくなっているのですねー。

>
> ここをのぞきに来られる方は、何かのことで、あるいは分野で、力を
> 発揮できる方だと思います。できるだけ多くの方が、できるだけ多く
> の話題でつぶやいて下されば面白い場所になります。
>
> よろしくお願いします。

はい、その通りで、よろしくお願いします。


[No.6837] Re: 民博(みんぱく)の補足 投稿者:男爵  投稿日:2014/10/09(Thu) 05:08
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> > > > > > > 前回残した写真を紹介します。

韓国のコーナーにあった
チャルメラです。

夜鳴きそばや を連想する。

チャルメラはどこから来たか。
それを研究している人がいます。

トルコからシルクロードを通って日本にまで来たというのが
一つの仮説です。


[No.6836] Re: イタリア人は他者の眼にどう映ったか(主として旅行者や作品に) 投稿者:唐辛子紋次郎  投稿日:2014/10/08(Wed) 22:11
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GRUE さん、みなさん、こんばんは。

>相当の遅レスです。

 あっしも、早かったのは、今日だけです。(^_-)

> 相変わらずのなかなかの力作ですね。気に止まったところだけでお許しを。
> 野上弥生子ですが、懐かしい名前です。彼女は旧姓が小手川、大分県臼杵市
> の醸造屋、醤油(フンドーキン)やお酒を造っているお店の娘、お嬢さん。

>東京に出て、漱石の弟子だった野上豊一郎(同じく臼杵出身、後に法政大学
>総長となる英文学者)と結婚、作家デビュー。

 これは知りませんでしたね。(@_@)この夫婦は同郷なんですか?しかも、同じ臼杵市。

> 時期(昭和初期)が時期だけに社会性の高い作品が多い。宮本百合子などと
>親交あり。

 思想的というより、同性のよしみからでしょうかね。

> 息子が3人。出てくる素一が長男、イタリア文学者、茂吉郎(次男)、耀三
>(三男)は共に物理学者。つまり3人とも学者。

  へえ?優秀な家族なんですねえ。むかし、『親子鷹』という言葉がありましたが…。

>昭和10年代後半に欧州に滞在、その時期に書いた「欧米の旅」が紋次郎さん
>ご紹介の話でしょうが、大変な時期だけに内容は史的価値もありそう。
>長男素一同伴のイタリア旅行記は面白いでしょうね。

 そこらのいい加減な添乗員に比べたら、格段の違いでしょうね。同伴というより、まあ現地ガイドみたような紋ですからね。旅行記も、

 自分のはもう、ケッコウ書いたので、今は専ら人さまのを読むことにしています。昭和10年と云えば、あっしのような者でも、まだ5歳ですから、ずいぶん古い話です。

> ポンペイの話はその通りでしょう。40年以上前でも、開かずの家があったの
>ですが、そこの番人が寄ってきて、にやにやしながら寄って来て、鍵を持っ
>てるが見るか?と聞く。見当がつき、チップねらいも見える。もちろん、
>入って見る。もっとも女性も入ってよかったようだ。

 はっはっは、グルーさんも、なかなか、隅におけませんね。(^^♪

> ポンペイは、現場はもちろんだが、多くの遺物はナポリ国立博物館にあった
>はず。

 そうなんす。当地のナウマン象(の骨格)や、オーストリアはハルシュタットの有名な『ヴィレンドルフのヴィーナス』じゃありませんが、いいものが出るとみんな、中央にもって行っちゃう。これは困ったもんです。

> 弥生子が、ポンペイを見て、浅間山のことを思い出していたというのはさも
>ありなんあるいはさすがというべきですね。

 やはり、昔はスエズ運河を経由しての長旅だったので、そろそろ里心がついたのかも。(^^♪

> ナポリよりローマの記述が5倍もあるというのはそうだろうなと思う。
>塩野七生さんではないが、書き始めたらキリがないはず。ローマとはそういう
>ところだから。

 ある、というより、あり過ぎではありませんか。もう少し少ない方が印象に残るのに、あり過ぎでは、印象が薄れます。(^_-)


[No.6835] Re: 民博(みんぱく)の補足 投稿者:男爵  投稿日:2014/10/08(Wed) 16:17
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> > > > > > 前回残した写真を紹介します。

モンゴルの馬頭琴です。

馬頭琴の演奏は毎年聴く機会があります。


[No.6834] Re: イタリア人は他者の眼にどう映ったか(主として旅行者や作品に) 投稿者:GRUE  投稿日:2014/10/08(Wed) 14:33
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紋次郎さん、こんにちは、

相当の遅レスです。

相変わらずのなかなかの力作ですね。気に止まったところだけでお許しを。

野上弥生子ですが、懐かしい名前です。彼女は旧姓が小手川、大分県臼杵市
の醸造屋、醤油(フンドーキン)やお酒を造っているお店の娘、お嬢さん。

東京に出て、漱石の弟子だった野上豊一郎(同じく臼杵出身、後に法政大学
総長となる英文学者)と結婚、作家デビュー。

時期(昭和初期)が時期だけに社会性の高い作品が多い。宮本百合子などと
親交あり。

息子が3人。出てくる素一が長男、イタリア文学者、茂吉郎(次男)、耀三
(三男)は共に物理学者。つまり3人とも学者。

昭和10年代後半に欧州に滞在、その時期に書いた「欧米の旅」が紋次郎さん
ご紹介の話でしょうが、大変な時期だけに内容は史的価値もありそう。
長男素一同伴のイタリア旅行記は面白いでしょうね。

ポンペイの話はその通りでしょう。40年以上前でも、開かずの家があったの
ですが、そこの番人が寄ってきて、にやにやしながら寄って来て、鍵を持っ
てるが見るか?と聞く。見当がつき、チップねらいも見える。もちろん、
入って見る。もっとも女性も入ってよかったようだ。

ポンペイは、現場はもちろんだが、多くの遺物はナポリ国立博物館にあった
はず。

弥生子が、ポンペイを見て、浅間山のことを思い出していたというのはさも
ありなんあるいはさすがというべきですね。

ナポリよりローマの記述が5倍もあるというのはそうだろうなと思う。
塩野七生さんではないが、書き始めたらキリがないはず。ローマとはそういう
ところだから。


[No.6833] Re: 動け! 働け! 投稿者:GRUE  投稿日:2014/10/08(Wed) 13:38
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あやさん、

余りのすごい生活に声もでません。読んでる皆さんもきっと同じでしょう。
このエネルギー源は何でしょうか?

> すばらしい先生で、この日も質問をしたり、おしゃべりをしました。
> 「19時間もほとんど寝ずにやってきました」など言ったら、
> 「Sさんは大丈夫、すごいよ。働け! 動け!」と大声で言ってくれたのです。
> 「でも先生、バタンキューとなっていたらどうしましょう」に、
> 「そんなことあるわけないだろう」と大笑いしてお終いでした。

このお医者さんも豪傑ですね。

> どうぞ、みなさんもこんな、身の回りの一遍を書いて、投稿なさって
> くださいませ。お待ちしています。

そうですよね。ここは、ご自分が感じたこと、経験したことの中で少し
まとまったものを、題材を問わずに文章にしていただくところです。
あやさんは、「文集」と言わずに「文章」の部屋と意識してかどうか
言っておられます。

ここをのぞきに来られる方は、何かのことで、あるいは分野で、力を
発揮できる方だと思います。できるだけ多くの方が、できるだけ多く
の話題でつぶやいて下されば面白い場所になります。

よろしくお願いします。


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