画像サイズ: 737×590 (77kB)> > > > > > > > > > 前回残した写真を紹介します。日本における各種の民族学校です。いろいろな民族の学校がありますね。海外の日本人学校みたいなものでしょうか。
あっしがさいきん「文集の部屋」に書いたものを読み直してみたら、どういうわけか#6813でも、#6816でも、薬草園のことに触れていた。 これはもちろん、意図的ではないのだが、なにか意識の底に薬草とか薬草園のことがあったのかも知れぬ。こじつけだが、息子の嫁が結婚する前住んでいたのが、薬円台(以前は薬園台という地名だった)☆。 ☆ 江戸時代、この地に幕府直轄の薬草園があったので、この名が付いたということである。 実はきょう、自宅の書庫で何となく澁澤龍彦の「毒薬の手帖」というのをぱらぱらやっていたら、#6813で書いたラパチーニの小説が載っていた。澁澤によれば、この手の小説はホーソーンだけでなく他にも、ロシアのソログープというのが同じようなのを書いているようだ。澁澤は薬草園と云わず、毒草園といっているが、これが出て来るというだけなら、マルキ・ド・サドの作品にもあるそうである。 ラパチーニのものもそうだが、毒を少量ずつ摂取するうち、自然に免疫ができ、毒に強い体質が作り出されるという。何故そんなことをするかといえば、西洋の中世では、政敵を屠るために毒殺が大流行した。そこで、たとえ運悪く、毒を盛られたとしても平気な体質を当時のひとが、挙って夢見るようになったのかも知れぬ。 サリン事件でもそうだが、洋の東西を問わず、人間には、等し並に、毒への嗜好があるらしい。澁澤自身も愛好者であることを『自白』している。 考えてみれば、毒のある植物なら身近にもたくさんある。埼玉県日高市巾着田などでその群生が見られ、わざわざカメラ片手に大勢の見物客がやってくる、ただ今人気上昇中の赤い花、あのヒガンバナ(曼珠沙華)だって、有毒植物のひとつには違いないのだから。植物を使った殺人事件では、1986年、莫大な保険金の絡んだトリカブト殺人事件がある。
画像サイズ: 800×600 (65kB)> > > > > > > > > 前回残した写真を紹介します。イタコはシャーマニズムの伝統で韓国の巫女(ムーダン)につながるのか。ある本に書いてあったが傀儡(くぐつ)は、流浪の民や旅芸人の集団で男は操り人形の人形劇を行い、女は劇に合わせた歌を唄ったりしていたが女は呪術にもたずさわっていた。それはジプシー女が、踊ったり歌ったり、占いや呪術するのと似ている。 傀儡たちは朝鮮半島から来たらしい。青森県のオシラサマは岩手県の遠野のものとは少し感じが違う。
画像サイズ: 900×616 (72kB)> > > > > > > > 前回残した写真を紹介します。> > 韓国のコーナーにあった> チャルメラです。こちらは日本統治下にあった戦前の韓国の観光絵はがきです。これを見ると名所は変わっていないようです。カラーの絵はがきがあるのはモノクロ写真に色を付けたのでしょうか。
GRUEさん感想をありがとうございます。> > 余りのすごい生活に声もでません。読んでる皆さんもきっと同じでしょう。> このエネルギー源は何でしょうか?> > このお医者さんも豪傑ですね。まだ若い方ですが、豪傑です。変な質問をすると「今度調べてくるよ」となるのです。> > > どうぞ、みなさんもこんな、身の回りの一遍を書いて、投稿なさって> > くださいませ。お待ちしています。> > そうですよね。ここは、ご自分が感じたこと、経験したことの中で少し> まとまったものを、題材を問わずに文章にしていただくところです。> あやさんは、「文集」と言わずに「文章」の部屋と意識してかどうか> 言っておられます。意識していませんでした。頭の中がちょっとおかしくなっているのですねー。> > ここをのぞきに来られる方は、何かのことで、あるいは分野で、力を> 発揮できる方だと思います。できるだけ多くの方が、できるだけ多く> の話題でつぶやいて下されば面白い場所になります。> > よろしくお願いします。はい、その通りで、よろしくお願いします。
画像サイズ: 800×696 (53kB)> > > > > > > 前回残した写真を紹介します。韓国のコーナーにあったチャルメラです。夜鳴きそばや を連想する。チャルメラはどこから来たか。それを研究している人がいます。トルコからシルクロードを通って日本にまで来たというのが一つの仮説です。
GRUE さん、みなさん、こんばんは。>相当の遅レスです。 あっしも、早かったのは、今日だけです。(^_-)> 相変わらずのなかなかの力作ですね。気に止まったところだけでお許しを。> 野上弥生子ですが、懐かしい名前です。彼女は旧姓が小手川、大分県臼杵市> の醸造屋、醤油(フンドーキン)やお酒を造っているお店の娘、お嬢さん。>東京に出て、漱石の弟子だった野上豊一郎(同じく臼杵出身、後に法政大学>総長となる英文学者)と結婚、作家デビュー。 これは知りませんでしたね。(@_@)この夫婦は同郷なんですか?しかも、同じ臼杵市。> 時期(昭和初期)が時期だけに社会性の高い作品が多い。宮本百合子などと>親交あり。 思想的というより、同性のよしみからでしょうかね。> 息子が3人。出てくる素一が長男、イタリア文学者、茂吉郎(次男)、耀三>(三男)は共に物理学者。つまり3人とも学者。 へえ?優秀な家族なんですねえ。むかし、『親子鷹』という言葉がありましたが…。>昭和10年代後半に欧州に滞在、その時期に書いた「欧米の旅」が紋次郎さん>ご紹介の話でしょうが、大変な時期だけに内容は史的価値もありそう。>長男素一同伴のイタリア旅行記は面白いでしょうね。 そこらのいい加減な添乗員に比べたら、格段の違いでしょうね。同伴というより、まあ現地ガイドみたような紋ですからね。旅行記も、 自分のはもう、ケッコウ書いたので、今は専ら人さまのを読むことにしています。昭和10年と云えば、あっしのような者でも、まだ5歳ですから、ずいぶん古い話です。> ポンペイの話はその通りでしょう。40年以上前でも、開かずの家があったの>ですが、そこの番人が寄ってきて、にやにやしながら寄って来て、鍵を持っ>てるが見るか?と聞く。見当がつき、チップねらいも見える。もちろん、>入って見る。もっとも女性も入ってよかったようだ。 はっはっは、グルーさんも、なかなか、隅におけませんね。(^^♪> ポンペイは、現場はもちろんだが、多くの遺物はナポリ国立博物館にあった>はず。 そうなんす。当地のナウマン象(の骨格)や、オーストリアはハルシュタットの有名な『ヴィレンドルフのヴィーナス』じゃありませんが、いいものが出るとみんな、中央にもって行っちゃう。これは困ったもんです。> 弥生子が、ポンペイを見て、浅間山のことを思い出していたというのはさも>ありなんあるいはさすがというべきですね。 やはり、昔はスエズ運河を経由しての長旅だったので、そろそろ里心がついたのかも。(^^♪> ナポリよりローマの記述が5倍もあるというのはそうだろうなと思う。>塩野七生さんではないが、書き始めたらキリがないはず。ローマとはそういう>ところだから。 ある、というより、あり過ぎではありませんか。もう少し少ない方が印象に残るのに、あり過ぎでは、印象が薄れます。(^_-)
画像サイズ: 750×747 (78kB)> > > > > > 前回残した写真を紹介します。モンゴルの馬頭琴です。馬頭琴の演奏は毎年聴く機会があります。
紋次郎さん、こんにちは、相当の遅レスです。相変わらずのなかなかの力作ですね。気に止まったところだけでお許しを。野上弥生子ですが、懐かしい名前です。彼女は旧姓が小手川、大分県臼杵市の醸造屋、醤油(フンドーキン)やお酒を造っているお店の娘、お嬢さん。東京に出て、漱石の弟子だった野上豊一郎(同じく臼杵出身、後に法政大学総長となる英文学者)と結婚、作家デビュー。時期(昭和初期)が時期だけに社会性の高い作品が多い。宮本百合子などと親交あり。息子が3人。出てくる素一が長男、イタリア文学者、茂吉郎(次男)、耀三(三男)は共に物理学者。つまり3人とも学者。昭和10年代後半に欧州に滞在、その時期に書いた「欧米の旅」が紋次郎さんご紹介の話でしょうが、大変な時期だけに内容は史的価値もありそう。長男素一同伴のイタリア旅行記は面白いでしょうね。ポンペイの話はその通りでしょう。40年以上前でも、開かずの家があったのですが、そこの番人が寄ってきて、にやにやしながら寄って来て、鍵を持ってるが見るか?と聞く。見当がつき、チップねらいも見える。もちろん、入って見る。もっとも女性も入ってよかったようだ。ポンペイは、現場はもちろんだが、多くの遺物はナポリ国立博物館にあったはず。弥生子が、ポンペイを見て、浅間山のことを思い出していたというのはさもありなんあるいはさすがというべきですね。ナポリよりローマの記述が5倍もあるというのはそうだろうなと思う。塩野七生さんではないが、書き始めたらキリがないはず。ローマとはそういうところだから。
あやさん、余りのすごい生活に声もでません。読んでる皆さんもきっと同じでしょう。このエネルギー源は何でしょうか?> すばらしい先生で、この日も質問をしたり、おしゃべりをしました。> 「19時間もほとんど寝ずにやってきました」など言ったら、> 「Sさんは大丈夫、すごいよ。働け! 動け!」と大声で言ってくれたのです。> 「でも先生、バタンキューとなっていたらどうしましょう」に、> 「そんなことあるわけないだろう」と大笑いしてお終いでした。このお医者さんも豪傑ですね。> どうぞ、みなさんもこんな、身の回りの一遍を書いて、投稿なさって> くださいませ。お待ちしています。そうですよね。ここは、ご自分が感じたこと、経験したことの中で少しまとまったものを、題材を問わずに文章にしていただくところです。あやさんは、「文集」と言わずに「文章」の部屋と意識してかどうか言っておられます。ここをのぞきに来られる方は、何かのことで、あるいは分野で、力を発揮できる方だと思います。できるだけ多くの方が、できるだけ多くの話題でつぶやいて下されば面白い場所になります。よろしくお願いします。