画像サイズ: 420×278 (38kB) | 緻密な頭脳の持ち主とはこと変わって、わが紋次老氏の行動は、突発的である。べつに前々から行こうと決めていたわけでもないのに、たまたま大晦日の日に、郵便ポストに舞い込んできたチラシのお陰で、急きょ決まったのが、元日に初日の出を拝むというアイデアであった。
彼は成田に近いSという町に住んでいる。そのチラシにはこうあった。同じ千葉県の山武郡に「航空科学博物館」というのがある。
その展望展示室へ行けば、初日の出と一番機が労せずして一遍に見られるというケッコウずくめの話だった。紋次老氏には昔から、駄々っ子のようなところがあり、なにかがしたくなると、前後の見境もなく、即実行したくなるらしい。
早速調べてみると、そこへ行く鉄道が終夜運転をやらないらしい。車を持たない紋次老氏はあきらめざるを得なかった。しっかし、
何かそれに代わるものはと探すと、今度は同じ千葉県の銚子で初日の出を拝むプランが見つかった。紋次老氏はこれに飛びついた。彼には初詣での体験は何度もあったが、初日の出の方は、85年のながい生涯でまだ一度もなかったのだ。彼はすぐ、計画に取り掛かった。
だいたいこういった情報は『路線情報』からゲットするのだが、あまり早く着きすぎても、それだけ寒い思いをする時間が長くなるので、晩くに家を出るしかないと考えた。
私鉄でJRの千葉駅へ行き、そこから銚子へ向かう。銚子からは、銚子電鉄に乗り換え、犬吠で降り、そこから観測地点へ向かう。銚子には50年位前に行ったことがある。
最初得た情報では、犬吠に、地球の丸く見える丘展望台とかがあって、そこから観測できるようになっていた。しかし、その前に銚子行きの特急券を手に入れる必要があった。紋次老氏はどうやら、そこのところを甘く観たようだ。一応の計画は次の通り。
私鉄の最寄り駅を12月31日23時25分に出発、千葉駅には0時20分着。私鉄の千葉駅とJRの千葉駅はいくらも離れていない。しっかし、JR千葉からが大変だ。銚子へ行く特急、『犬吠日の出1号』は、元日の午前3時丁度発である。これに乗れれば、銚子には午前4時21分には着く。
着いたところで、銚子ではまだまだ駄目だ。ここから4時32分発の銚子電鉄に乗り、犬吠まではまだ20分近くかかる。
とにかく辿り着いたJR千葉駅では、深夜のこととて、みどりの窓口などは、とっくに閉まっていて、駅員の姿もほとんどゼロに近い。この駅ではちょうど駅舎の大工事中で、その関係の作業員は大勢いた。しかし、彼らに相談というわけにも行かぬ。
結局、改札近くにいた、丸い帽子のカワイイ若い女の子(ふたりいた)に相談することになった。彼女はまだ20代くらいのようだったが、何でもよく知っていて、あらゆる客(といっても、〆て3,4名ほどだったが)を見事に捌いていた。紋次老氏の乗車希望の特急は、すでに売り切れだという。1時間くらい後のでどうかというので、それでは初日の出に間に合うかどうかわからぬので困ると泣きつくと、臨時の特急があるかどうか、とにかく調べてみましょうという。
結局その3時12分千葉発の特急はなんとかなった。この女の子はほんとうに親切で、インターネットで銚子電鉄の時刻表を調べてくれた上、必要事項をペン書きし、プリントして紋次老氏に渡してくれたのだ。しかし、時計を見るとまだ午前1時台だ。これから先の2時間をさて、どうしてくれようか。駅にいても、椅子もなければ暖房もない。
いっそ街へ出れば、開いている酔狂な店も、1軒くらいはあるかも知れない。と、表へ出ればけっこう寒い。でも、ほかに行き場所もない。開いている店は案の定、すべてカラオケボックスか、DVDご鑑賞の店だった。両方とも趣味のない紋次老氏、ふと見つけた明かりを頼りに歩き出すと、さいわい中央公園のあたりで光のペイジェント。もちろん、深夜では見る人もいない。しかたなくカメラを出して、そのイルミネーションを手あたり次第に写し始める。それからまた駅へ戻ったが、カナシイことに、時間はいくらも経っていなかった。
そこで今度は腹を決め、あとは駅の構内をぐるぐる歩きまわることにした。地下道なら風も来ないし、歩けばじっとしているよりは余程暖かい。同じように所在なく、そこらを当てもなくハイカイするという、不幸な星のもとに生まれたひとにも、通路で何度か出会った。
10番線のホームというのは、千葉駅では一番外れだ。しかし番線さえわかれば、あとは安心。適当な時間に10番線のホームに上がればいいだけだ。
やっと待望の特急列車が入って来た時は、まるで長らく会えなかった恋人にでも再会した時のように嬉しかった。この電車は大宮発で、午前4時51分に銚子駅に到着する。 (つづく)
写真は我らが紋次老氏が、やっとゲットした、千葉駅午前3時12分発特急『犬吠日の出3号』の特急券である。 |