[掲示板へもどる]
一括表示

[No.3380] やりくりアパート 投稿者:まるこ  投稿日:2018/04/16(Mon) 11:18
[関連記事

やはり、年金生活になってからは、
医療費が、一番こたえます。診察を終えて、車🚘を運転しての帰り、大村崑ちゃんと、笹十郎コンビのやりくりアパートが、浮んできました。メガネを半分さげて、ミゼットとジェスチャーする場面が、今でも、焼き付いています。あの頃は、子供でしたが、やりくりを考えるなんて、想像もしていなかったです。厳しいけど、崑ちゃん、十郎さんのコンビに、幸せだった昔が、懐かしい。


[No.3381] Re: やりくりアパート 投稿者:男爵  投稿日:2018/04/16(Mon) 12:37
[関連記事

まるこさん   こんにちは

> ....診察を終えて、車🚘を運転しての帰り、大村崑ちゃんと、笹十郎コンビのやりくりアパートが、浮んできました。
>メガネを半分さげて、ミゼットとジェスチャーする場面が、今でも、焼き付いています。

>あの頃は、子供でしたが、やりくりを考えるなんて、想像もしていなかったです。
>厳しいけど、崑ちゃん、十郎さんのコンビに、幸せだった昔が、懐かしい。


『ダイハツコメディ やりくりアパート』は、1958年4月6日から1960年2月28日まで大阪テレビ放送(1959年3月より朝日放送となる)にて、
毎週日曜18時30分から30分枠で放送されていたコメディドラマ。
関東地区ではラジオ東京(現・TBSテレビ)へネットされていた。
全100回。

大阪の下町にあるアパート「なにわ荘」を舞台に、住人である青年3人組や管理人一家が巻き起こすドタバタを描くコメディである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%8F%E3%82%8A%E3%82%A2%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88


私の家には、この頃はテレビがなく
弟たちは近所に1軒だけテレビのある家に集まって
子どもたちがお世話になって見ていたようです。

だから「ミゼット」の名前は知っていました。

大村崑といえば
 頓馬天狗(1959年、YTV)
 番頭はんと丁稚どん(1959年3月9日から1961年4月まで毎日放送)

私は
 山村美紗サスペンス 赤い霊柩車シリーズ(1992年- 、CX) - 1級葬祭ディレクター、秋山隆男
を楽しく見ています。


おやおや
 西郷どん (NHK大河ドラマ)(2018年) - 西郷龍右衛門
にも出ている。


[No.3382] Re: やりくりアパート 投稿者:まるこ  投稿日:2018/04/16(Mon) 14:52
[関連記事

男爵さんも、ご存知でしたね。笹十郎も、茶川一郎さんも、あの世の人。わたしらに、笑いを、残してくれました。人を笑かすって、簡単にみえて、難しい。チャップリンさんも、永遠に残るでしょうね。昔、我が家のテレビを、隣の僕が、見に来ていました。父は、珍しいもの好きでした。
そのテレビで、パパは、何でも知っているを、みましたよ。


[No.3384] Re: パパは、何でも知っている 投稿者:男爵  投稿日:2018/04/18(Wed) 05:49
[関連記事

まるこさん  おはようございます。


> ....昔、我が家のテレビを、隣の僕が、見に来ていました。父は、珍しいもの好きでした。
> そのテレビで、パパは、何でも知っているを、みましたよ。


『パパは、何でも知っている』
アメリカの人気テレビドラマ
 日本では1958年8月3日から1964年3月29日まで日本テレビ系列で日本語吹替版で放映


当時のもので記憶に残るのは
『ザ・ルーシー・ショー』も、1963年5月4日から1966年10月1日まで4シリーズにわたってTBS系列で放映されました。


『世にも不思議な物語』というのも印象に残っています。


[No.3385] Re: パパは、何でも知っている 投稿者:夏子  投稿日:2018/04/18(Wed) 09:50
[関連記事

男爵さん、まるこさん、みなさん

> 『パパは、何でも知っている』
> アメリカの人気テレビドラマ
>  日本では1958年8月3日から1964年3月29日まで日本テレビ系列で日本語吹替版で放映
>
>
> 当時のもので記憶に残るのは
> 『ザ・ルーシー・ショー』も、1963年5月4日から1966年10月1日まで4シリーズにわたってTBS系列で放映されました。
>
>
> 『世にも不思議な物語』というのも印象に残っています。

みんな見てました(^o^)/ 昔から、テレビ大好き人間でした。

その他、「うちのママは世界一」「奥様は魔女」「ボナンザ」「名犬ラッシー」
まだあると思いますが、そのうち思い出すでしょう(^^ゞ

「世にも不思議な物語」も、面白かったですね。

あ、そうだ「ハイラム君、乾杯!」とか言うようなタイトルのドラマも見た。
スパイの話だったかも・・・

考えたら、あの頃は、アメリカドラマをよく見ていました。
アメリカ女性の来ている服が、シンプルで素敵だと思ってましたね。
それから、サラリーマンが、上司の机の端に腰を掛けて、その上司と話を
しているのに驚きましたが、あれはドラマだからだろうか?それとも、
アメリカでは一般的にみられることだろうか??

日本では、昔から今まであり得ない光景でしょう。
夏子


[No.3386] Re: 奥様は魔女 投稿者:男爵  投稿日:2018/04/19(Thu) 05:20
[関連記事

夏子さん、まるこさん、みなさん   おはようございます。

> > 当時のもので記憶に残るのは
> > 『ザ・ルーシー・ショー』も、1963年5月4日から1966年10月1日まで4シリーズにわたってTBS系列で放映されました。

> > 『世にも不思議な物語』というのも印象に残っています。

> みんな見てました(^o^)/ 昔から、テレビ大好き人間でした。

> その他、「うちのママは世界一」「奥様は魔女」「ボナンザ」「名犬ラッシー」
> まだあると思いますが、そのうち思い出すでしょう(^^ゞ

『奥さまは魔女』
1964年から1972年までアメリカのABCで全254話が放送された。
日本でも1966年から日本語吹替版がTBSと毎日放送で放映された。

広告代理店に勤めるダーリン・スティーブンスが結婚した相手、サマンサは魔女だった。彼女の結婚に反対する母親のエンドラ  

ときどき夫に意地悪する母親
 ムコ殿!のアメリカ版(?)

ダーリンは夫だからと思っていたら、名前がダーリンだったのですね。


思い出すのは
『逃亡者』は、アメリカABC系列で、1963年から1967年まで放送され、高視聴率を記録したテレビドラマ。

妻殺しの濡れ衣を着せられ死刑を宣告された医師リチャード・キンブルが、警察の追跡を逃れながら、真犯人を探し求めて全米を旅する物語。

日本でも、1964年5月16日から1967年9月2日までTBS系列(近畿地区は当時朝日放送)で放送されて人気を博した。

毎回ピンチを切り抜け、今日も逃げ続ける。

尾道の向島で逃亡を続ける脱獄囚はまだつかまらない。(まさか匿っている人はないだろうが)


[No.3388] Re: 奥様は魔女 投稿者:夏子  投稿日:2018/04/21(Sat) 10:44
[関連記事

男爵さん、皆さん

> 『逃亡者』は、アメリカABC系列で、1963年から1967年まで放送され、高視聴率を記録したテレビドラマ。
>
> 妻殺しの濡れ衣を着せられ死刑を宣告された医師リチャード・キンブルが、警察の追跡を逃れながら、真犯人を探し求めて全米を旅する物語。

見た見た、見ましたねぇ(^o^)/

> 尾道の向島で逃亡を続ける脱獄囚はまだつかまらない。(まさか匿っている人はないだろうが)

空き家が1000軒と言うのに驚きました。

この家に移るまでは向島に住んでいました。
住民の方々は、逮捕されるまで、どれだけ不自由を強いられることでしょう。
窃盗犯と言っても、切羽詰れば何をするか、という不安もありますよね。

私は島暮らしというのが嫌いでした(^^ゞ
濃密な人間関係があるのが嫌でしたね。顔も名前も知らない人が、私や
家族のことをよく知っていたりして・・・窮屈・・・(^^ゞ
夏子


[No.3387] Re:「奥様は魔女」 投稿者:男爵  投稿日:2018/04/21(Sat) 04:25
[関連記事

夏子さん、まるこさん、みなさん


> その他、「うちのママは世界一」「奥様は魔女」「ボナンザ」「名犬ラッシー」
> まだあると思いますが、そのうち思い出すでしょう(^^ゞ


なんと
今朝のラジオ深夜便で
 「奥様は魔女」「スパイ大作戦」「ナポレオン・ソロ」
などのテーマ音楽が流れました。

みんなおんなじことを考えているんですね。


[No.3389] Re:「奥様は魔女」 投稿者:夏子  投稿日:2018/04/21(Sat) 10:49
[関連記事

> なんと
> 今朝のラジオ深夜便で
>  「奥様は魔女」「スパイ大作戦」「ナポレオン・ソロ」
> などのテーマ音楽が流れました。

スパイ大作戦、ナポレオン・ソロも見ましたよ。

「それゆけスマート」も結構面白かった(^o^)/
「ナイトライダー」もよく見ましたが、あれはだいぶ後ですね。
夏子