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[No.314] ラ・マルセイエーズ物語 投稿者:男爵  投稿日:2011/11/30(Wed) 07:20
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吉田進:ラ・マルセイエーズ物語、中公新書1191

ラ・マルセイエーズは、フランスの国歌である。

「...不浄なる血が、我らの田畑に吸われんことを...」
という戦闘的な歌詞がオリンピックでテレビ中継を通じて
全世界が注目する中で、いたいけな女の子の口から聞かれることに
日本人だけでなく、当のフランス人の中にもショックを受けたものは少なくないという。
 こんな戦闘的な国歌に比べると日本の国歌は平和なもの。

この歌は、フランス革命のとき
ルイ十六世と王妃マリー・アントワネットとその家族、さらに貴族たちを救おうと
オーストリアとプロイセンの軍隊がフランスに迫ってきたとき
ストラスブールでルジェ・ド・リール大尉が出征する部隊を鼓舞するために、一夜にして作詞作曲したものである。
このときつくった歌のタイトルは「ライン軍のための軍歌」だった。
(それは1792年4月25日から翌26日の夜にかけてのことだった)

その後、テュイルリー宮襲撃の際、パリ入城を果たしたマルセイユ義勇軍によって歌われたので、「ラ・マルセイエーズ」という名前になった。 マルセイユでつくられたものではない。

この歌が国歌になるまでには色々な歴史があった。
だいいちロベスピエールの運命でもわかるように
時代の移り変わりは甚だしく、この歌の作者ルジェ・ド・リールも牢獄に繋がれ
まかりまちがえば死刑となっていた。 彼は運よく生きのびたのだった。

第一帝政から王政復古にかけては、「暴君(専制君主)を倒せ」という内容であるために禁止されていたが、1830年の7月革命以降は晴れて解禁となりと
この歌も時代の運命に流されていった。

1830年にはベルリオーズが独唱者と二重合唱、オーケストラのための編曲をつくった。

チャイコフスキーの「序曲1812年作品49」では、帝政ロシアに侵攻するナポレオン軍の象徴として引用されている。
(ナポレオンはこの歌が嫌いみたいでそのときは国歌ではなかった。チャイコフスキーのこの曲は、最初優勢だったナポレオン軍がしだいに劣勢になり、やがてロシア軍に負ける様子を音楽でわかりやすく表現しているため、世界各国で演奏されたが、フランスだけは演奏されない)

また、ビートルズの"All You Need Is Love"(愛こそはすべて)のイントロにも使われている。

ラ・マルセイエーズの作者は
ルジェ・ド・リールが姓で、クロード・ジョセフが名である。


[No.315] Re: ラ・マルセイエーズ物語 投稿者:男爵  投稿日:2011/11/30(Wed) 07:52
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> 吉田進:ラ・マルセイエーズ物語、中公新書1191
>
> ラ・マルセイエーズは、フランスの国歌である。

この歌の冒頭句についてよく言われるのが
モーツァルトのピアノ協奏曲第二十五番ハ長調K503である。
第一楽章の第二主題が似ているというのだ。
モーツァルトのほうが六年前なので
おそらく影響を受けたのだろう。

この著者は偶然似てしまったのだと書いてあるが
そういうことはありえない。
もしかするとモーツァルトのピアノ協奏曲とラ・マルセイエーズの共通の
手本となった曲があるのかもしれないが
その場合はどういう曲なのか明らかにする必要があろう。

つまり
オリジナルということは音楽の世界でもむずかしいことで
だいたいは他の先人の作品の真似なのだ。
本人が意識してもしなくても、頭の中にある先人の作品の影響を受けるのである。