「わらべうた」はいつごろ誰によってつくられたか不明のものが多いです。
そして地方によっていろいろおもむきがあります。
「かごめかごめ」とか「あんたがたどこさ」のように遊びにまつわるものもありますから、
そういう思い出なども書いていただけたらと思います。
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[No.1618]
Re: 一もんめのいすけさん
投稿者:多摩のけん
投稿日:2016/08/14(Sun) 09:22
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こっこ亭さん おはようございます。
お久しぶりですね。
> 私これ、子どもの頃、京都・伏見でやっていました。
> 懐かしいです。
> 大きい人からの口移しで歌っていましたが、
> 「一斗一斗一斗米(まい)の・・・」の「まい」が
> お米だったって、76才にして初めて知りました。
今の若い人は、一石も一斗もわからないのではないでしょうか。
多摩のけん
[No.1617]
勝ってうれしい花いちもんめ
投稿者:おかべの
投稿日:2016/08/14(Sun) 06:02
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そう云えば思い出した。
2組に分かれ手を繋いで、露地いっぱいに広がって・・”勝ってうれしいはないちもんめ”
”負けて悔しいはないちもんめ・・”
”あの子がほしいはないちもんめ””あの子じゃわからん・・・”
途中にジャンケンで買ったほうが向こうの子をもらったり、持っていかれたり延々と続くのである。
薄暗くなって「ご飯よ〜・・」と声のかかるまで・・遊び呆けていた幼い日のことを・・・
醤油屋っちのえっちゃん、小間物屋っちのわきちゃん、床屋さんちの照ちゃん・・どうしてるかな・・・?
[No.1616]
Re: 一もんめのいすけさん
投稿者:こっこ亭
投稿日:2016/08/14(Sun) 03:38
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多摩のけんさん こんばんは
私これ、子どもの頃、京都・伏見でやっていました。
懐かしいです。
大きい人からの口移しで歌っていましたが、
「一斗一斗一斗米(まい)の・・・」の「まい」が
お米だったって、76才にして初めて知りました。
ありがとうございます。
私、結構上手だったんですよ・・・
こっこ亭@宝塚
[No.1615]
中国地方の子守唄
投稿者:男爵
投稿日:2016/08/13(Sat) 15:47
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「中国地方の子守唄」
日本古謡、編作曲:山田耕筰
ねんねこしゃっしゃりませ
寝た子のかわいさ
起きて泣く子の ねんころろ
つらにくさ
ねんころろん ねんころろん
http://duarbo.air-nifty.com/songs/2014/11/post-f73f.html
原曲は岡山県井原市高屋町あたりで歌い継がれてきた子守唄だという。
この地に生まれ育った声楽家の上野耐之(うえの・たいし)が、師事した山田耕筰の前で歌ったところ、山田耕筰がすぐに独唱曲に仕上げたと伝えられている。
[No.1614]
うさぎうさぎ
投稿者:男爵
投稿日:2016/08/11(Thu) 18:35
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うさぎ うさぎ 何見てはねる
十五夜お月さま 見てはねる
https://www.youtube.com/watch?v=qlu1Ty9SdVE
よく知られたわらべうたです。
[No.1613]
島原の子守唄
投稿者:男爵
投稿日:2016/08/11(Thu) 18:33
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「島原の子守唄」
宮崎康平作詞・作曲
おどみゃ島原の おどみゃ島原の
ナシの木育ちよ
何のナシやら 何のナシやら
色気なしばよ しょうかいな
早よ寝ろ泣かんで オロロンバイ
鬼(おん)の池ン久助(きゅうすけ)どんの連れんこらるバイ
https://www.youtube.com/watch?v=U6KYM6SIZ1I
こちらは
森繁久弥バージョン
https://www.youtube.com/watch?v=g6D5Yk8MkCI
こちらもあります。
https://www.youtube.com/watch?v=p8MAZdhArYk
[No.1612]
一もんめのいすけさん
投稿者:多摩のけん
投稿日:2016/08/11(Thu) 09:20
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これは、まりつき歌です。
姉に誘われて、ついていったところは女の子ばかりでした。
歌詞が難しいので、まりつきがうまくできないようでした。
一もんめのいすけさん、一の字が嫌いで
一万一千一百石(こく)、一斗一斗一斗米(まい)の
お札を納めて二もんめに渡した。
2番は1番の「一」が「二」になるだけです。(以下、同様)
多摩のけん
[No.1611]
Re: 熊本「五木の子守唄」
投稿者:男爵
投稿日:2016/08/09(Tue) 18:07
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多摩のけんさん、みなさん
> 子守唄と言えば、熊本には「五木の子守唄」があります。
> ♪おどま、盆ぎり盆ぎり、盆から先きゃァおらんと
> ♪盆が早よう来りゃ、早よもどる。
次は「五木の子守唄」を書くつもりでした。
https://www.youtube.com/watch?v=Q28LZgrqAmY
「五木の子守唄」は日本には珍しく三拍子。
だから作曲家の團 伊玖磨がどこかで書いていましたが
これは,人さらいが朝鮮半島でさらってきた女の子が子守となって歌ったのではないかという珍説を述べていました。
「五木の子守唄」は古関裕而が採譜したものが、現在歌われているのです。
これに対して正調五木の子守唄なるものも現地ではあるようです。
さて
上に紹介した團 伊玖磨説に対して
私は焼酎の歴史の本を読んで別の説を考えました。
博物館等で
「蘭引」(らんびき)というものを見たことがあります。
この語源はアラビア語の「アランビック」だといわれています。
アランビックは蒸留酒 や錬金術に用いられた蒸留器のことでした。
それが江戸時代に日本に伝わって、水を蒸留して薬用に使ったり、酒類の製造や花の抽出液を取り出して化粧水をつくったりするのに使われました。
そもそもアラビア商人が東南アジアに蒸留酒(焼酎)の製法を伝えたのです。
時代はモンゴルの元の時代、つまりマルコポーロなどのときです。
だから
唐の時代の李白はお酒が好きでたくさん飲んだと言われていますが
彼は蒸留酒を飲んだわけではないのです。
いまでもモンゴルには蒸留酒(ジンギスカンという名の酒もあり)があります。
モンゴル人がもたらした蒸留酒がマオタイ酒などの「白酒」( バイチュウ)ですね。
いまも中国では主流の酒です。
元の時代に中国に伝わった焼酎はやがて朝鮮半島に伝わり
朝鮮半島から日本に伝わったとされています。
日本には対馬経由で北九州に伝わりました。
いっぽう、鹿児島県には沖縄琉球経由で伝わったのです。
沖縄の焼酎は原料がタイ米です。
アラビア商人が東南アジアに伝えた蒸留酒の作り方がタイに残っていて
琉球ではその伝統的な作り方を守って泡盛をつくっているのです。
http://www.thai-square.com/special/vol84/sp84.htm
ということで
九州の場合
北の焼酎は朝鮮半島経由
南の焼酎は琉球経由なのです。
そこで私が思うに
五木地方には、乞われて朝鮮から技術者が指導に来たか
出稼ぎで来て焼酎を造ったのではないかと推定するのです。
これに対して
秀吉の時代に佐賀や薩摩に連れてこられた陶工たちのように
五木地方に焼酎職人が連れてこられのではないかという人がいますが
それはどうかと思います。
対馬経由で朝鮮の焼酎が伝わってきたのだから、無理に職人が連れてこられる必要は無い。
あるいは
朝鮮に行って技術を学んで帰ってきた人が五木地方で焼酎をつくり
朝鮮で覚えてきた三拍子の歌を伝えたという説もあり得ますが
もう少し資料がほしいところです。
いずれにせよ
球磨焼酎を飲みながら、朝鮮から伝わった蒸留技術を考えるのも
よいかもしれません。
[No.1610]
Re: 熊本「五木の子守唄」
投稿者:多摩のけん
投稿日:2016/08/09(Tue) 17:30
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男爵さん、みなさん
子守唄と言えば、熊本には「五木の子守唄」があります。
♪おどま、盆ぎり盆ぎり、盆から先きゃァおらんと
♪盆が早よう来りゃ、早よもどる。
しかし、これは「わらべうた」と言うより、民謡だと思います。
多摩のけん
[No.1609]
Re: ずいずいずころばし
投稿者:多摩のけん
投稿日:2016/08/09(Tue) 17:14
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あやさん、みなさん
> > 冬休み、近所の子が集まって、こたつの上に小さな手を丸めて、
> > 遊んだことを想いだします。
> よくやりましたね。
> 「ずいずいずころばし・・・」と読んだとたん、かわいい手を丸めたのが
> 頭をよぎりました。
最近は、このような遊びはだんだんすくなくなりましたね。
少子化と、核家族化で、このような伝統的な遊びが伝わらなくなったのでしょうね。
> そんなことで、今、手を丸めてみましたが、まったく違いました。
> しわだらけのおばあちゃんのでは??? です。
当時は、「しもやけ」した赤い手だったかも知れませんよ。
その点では、今の子の手の方が可愛いかもしれません。
多摩のけん
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