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[No.1288] ヒマツブシ(雑巾掛け) 投稿者:BUP  投稿日:2010/08/24(Tue) 11:21
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ヒマツブシ(雑巾掛け)
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皆様
残暑お見舞い申し上げます。
(此の暑さ何時まで続く残暑かな)
此の部屋、閑古鳥に付き無駄話でヒマツブシをやらせて頂いてます。
全くのヒマツブシに付き、ご容赦下さい。
今日のヒマツブシは「雑巾掛け」について。
皆様のご家庭では、電気掃除機とやらで、お掃除をされていると拝察致します。
当家でも、毎朝、電気掃除機でガーガーと煩い音を出して、座敷、廊下を擦り上げて、溜まったゴミを捨てて、完了で済ませておりました。
思い起こせば、昭和初期、ガキの頃、各家庭では、そんなものは無く、箒で掃いて、ゴミは庭先に掃き出し、廊下などは雑巾掛けをしておりました。
一月ほど前、想い出して、やって見ました。
風呂場でバケツに水を汲み、雑巾を絞って、廊下、座敷を拭き上げました。
集合住宅の狭い家ですので、30分もかかりません。
雑巾を絞る度にバケツの水は黒く汚れます。
水を換え換え、拭き上げました。
以前は、スリッパを履いてましたが、素足で歩くと冷やりとして気持ちが良いのです。
電気掃除機が普及して数拾年、あんまり気にしてませんでしたが、ある程度の埃は吸い上げても、こびり付いた汚れは取れていませんでした。
以降は、朝の「雑巾掛け」は、俺の仕事になってしまいました。
全身運動になりますよ。
家中を拭き捲り、手足腰の全身運動、廊下を素足で歩いてもスベスベ、良いことだらけです。
ガキの頃(昭和初期)オカーチャンに、言いつけられて豆腐屋に豆腐のオカラを買いに行かされました。
一銭か、二銭だったと思います、食べるのでは御座いません、オカラを布袋に入れて、廊下、柱等、家の木部を吹き上げて、更に乾布で吹き上げて艶を出すのです。
そうして、両親が磨き上げた家も戦火の犠牲になってしまいました。
雑巾を硬く絞って、廊下を拭き拭き、そんなことを想い出しておりました。
(電気掃除機不要論では御座いませんので・・・)
今日のヒマツブシは此処まで、 これから近所のプールへ。
昨日、テレビでキタジマ君の平泳ぎが写ってましたので、足の蹴り方が参考になりましたので、今日は、其の練習でも。


[No.1289] Re: ヒマツブシ(雑巾掛け) 投稿者:   投稿日:2010/08/26(Thu) 12:00
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BUP様
こんにちは。

以前、父が通っていた目黒無線電信講習所の件で教えをいただいて以来、時々訪問しては、父と同年代の戦場体験者の方のお話を楽しみに読ませていただいております。(ただ読んでいるだけで申し訳ありません。)
先日の終戦記念日の話も、この雑巾がけの話も、とても心に染み入るお話で、何度も繰り返し読みました。

私の父は、アイロンかけや靴磨きが得意で、家族のものを一手に引き受けていました。何か壊れても、器用に自分で家の中にあるものを使って直し、何でもボロボロになるまで使っていたのは、兵隊生活やジャングルでの暮らし、また無線通信兵だったことも影響しているのかなと思ったりします。

> 又、ヒマツブシの戦争記録でもやらせて頂きます。
> 私が書くと、戦争をしていたのか、観光に行っていたのか分からなくなるので、不安ですよ

そういう雰囲気がとってもいいんです。ぜひ、フリートークでこれからもお願いいたします。


[No.1290] Re: ヒマツブシ(水泳) 投稿者:BUP  投稿日:2010/08/26(Thu) 16:31
[関連記事URL:http://homepage2.nifty.com/bup/84sai.htm

Re: ヒマツブシ(水泳)
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ブーゲンビリア様 皆様 酷暑が続いてますが、如何にお過ごしでしょうか。
此処、小生のヒマツブシ用専用室みたいになってしまい申し訳け御座いません。 
> そういう雰囲気がとってもいいんです。ぜひ、フリートークでこれからもお願いいたします。
ブーゲンビリア様 お久しぶりです、 御元気なようで、何よりであります。
お言葉に甘えて、言いたい放題でやらせて貰ってますが、たいした話題は御座いません。
テレビでは”オザワさんがどうのこうの”って、やってますが、俺、全然関心がないんです。
今日は木曜日、コナミは定休日、従って水泳はオヤスミ、駅前にセブンイレブンが開店して、おむすび50円引きとか、家内に命令されて、此の暑いのに自転車で買って来ました、ティッシュペーパー、一箱サービスで貰って来ました。(家内は、これが欲しかったらしいよ)

帝国海軍って言ったって、皆さん水泳が得意って言うわけでは御座いません。

航空機搭乗員は、仕事中、ライフジャケットを着用します。
これは役に立ちました。
昭和20年の春頃、海南島の三亜をサイゴンに向け夜中に離陸して、間もなく、右エンジンが故障、海上に不時着水しました。
零式輸送機の搭乗員席は前列の左が操縦士、右が機関士、後列、左が航空士、右が通信士、航空士と通信士の間の上部に天蓋が在り、其処から脱出出来ます。
着水は、いきなりで、急に高度を取れなくなりガツーンと海面に突っ込んだ感じでした。
俺は、離陸完了と思い、仕事に取り掛かるため、鞄から暗号書と乱数表を出して、空3号無線電信機の上に置いた途端でした。
オデコを無線機の何処かにぶつけて、イテーって思った瞬間です。
左側の航法担当の航空士はチャート(航空用の地図)を広げる机を上に留めるピンにオデコをぶつけて血だらけになってました。
急いで送信機を作動、不時着を基地に知らせたつもりでしたが、応答はありませんでした。
客室との隔壁扉を開けて、乗っていたお客さん(高級士官ばかり)に、救命胴衣の着用を知らせて、天蓋を空けて、其処から脱出しました。
真っ暗な海上でした。
機外に出ると、すぐ其処にアンテナの支柱が立ってます。
機はエンジンの重さで前かがみにジワリと沈んでゆきます。
支柱からアンテナ線が尾翼に伸びております、それを伝って、浮いている尾翼の方に移動して行きました、なるべく水に浸かりたくなかったからです。
尾翼にしばらく、しがみ付いておりましたが、やがて、水没、全員が海中に投げ出されました。
バラバラにならないように、ロープでお互いに繋がって救助を待つことにしました。
数時間後、次第に夜が明けて明るくなってきましたが、救助がくる気配は御座いません。
南の海でも、長く浸かっていると、だんだん冷えてきます、其のうちに”胴震い”が始まりました、ガタガタと胴が前後に震えてくるのです。
機長が、”オイ、若いやつ、二人(俺と航法担当)陸に向かって泳ぎ、救助を求めろ”との命令でした。
泳ぎだしました、泳いでも、泳いでも、島影は遥かに遠く、近寄りません。
ふと、俺の周りを見たら、黄色と黒の斑な海蛇がウヨウヨ泳いでいるんです。
泡を食って、手で、あっち行けって、やりながら泳ぎ続けました。
其のうちに、遥か彼方より、焼玉エンジン特有のポンポンポンと言う音が近付いて来ました。
俺に向かって真っ直ぐ来るんです!、俺の救命胴衣を棒の先で引っ掛けて、ヒョイと救助艇のデッキに放り上げられました。
ほかの者はって訊かれましたので、”その辺に居るよ”って、無責任な返事をしたと思ってます。
全員救助され、迎えが来るまで、三亜での生活が始まりました、憶えているのは、
紙幣を沢山持ってましたので、戸板の上で干しました。
拳銃を中国人の時計屋さんに持って行き、手入れして貰いました。
数日後、爪哇島の本部より迎えの輸送機が来てくれました。
お客さんたちは椅子に座りましたが、俺たち4人は、輸送機の後部、便所(トイレ)の前の空間に救命胴衣を着けっぱなしで固まって座り込んでおりました。
多分、又、落ちると思い込んでいたのかも知れません。
爪哇島スラバヤの本部に帰り着き、数日の休みを頂きましたが、ソレダケ、・・・、再び、南の空に舞い戻りました。
俺は、コナミのプールで泳ぐとき、何時もこれを想い出しているんですよ。
(上達しない、言い訳けでした・・・)  今日もヒマツブシでゴメン。


[No.1291] Re: ヒマツブシ(水泳 その2) 投稿者:BUP  投稿日:2010/08/26(Thu) 19:37
[関連記事URL:http://bup7.blog37.fc2.com/

Re: ヒマツブシ(水泳 その2)
画像サイズ: 1152×864 (85kB)
コンバンハ 娘が来宅するので、夕食は時間待ちだそうで・・・
従って、ヒマツブシの続きです。
先日のテレビでキタジマ選手が子供さんに平泳ぎを教えている場面をヤッテマシタ。
子供さんがキタジマ選手に、25米プールを1ストロークで行けるか?って言ったら、北島君、ヤッテミヨウカって、本当に1ストロークで泳ぎ切りました。
俺もヤロウって決心して、以後、コナミに行くたびに挑戦してます。
6ストロークまでは行くんですが・・・、1ストロークは、今のところ無理なようですよ。
少しインチキをすると、結構行けるんですがぁ〜・・・。
スタートして、プールの底、すれすれまで潜るのです、そのママ、手は伸ばしたまま、底で蹴り続けて、15メートルくらい先で顔を出して、ストロークするんです。
もう少し潜り続ければ、キタジマ選手に追いつくカモネ?・・・。
ソロソロ娘が着きそうなので・・・、これからビールでも。(一缶だけ)
(画像はご近所のブーゲンビリアの綺麗な御宅です)


[No.1292] Re: ヒマツブシ(水泳 その2) 投稿者:ブーゲンビリア  投稿日:2010/08/28(Sat) 12:20
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BUP様

ブーゲンビリアの写真の掲載までありがとうございました。
まるで南方の景色と見紛うような、見事な咲きっぷりですね。
私の家にある鉢植えのブーゲンビリアも、例年ですと梅雨時に満開となって終わりなのですが、
今年はこの湿気たっぷりの猛暑のせいで二度咲きしてびっくりです。
花言葉である「秘めた想い」がぴったりの、何とも言えない真紅色をしています。

戦場での体験談、とても興味深く読みました。
どんな戦記本を読むより、貴重な記録、証言だと私は思います。

> 俺は、コナミのプールで泳ぐとき、何時もこれを想い出しているんですよ。

はたからは判らないけれど、きっと生きている折々に、ふっと戦地での出来事を思い出しているものなんでしょうね。思い出しても、決して口には出さずに。
父にもきっとたくさん、たくさんあったんだろうなあと思いました。