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[No.9750] 札幌バンド・横浜バンド・熊本バンド 投稿者:男爵  投稿日:2016/09/12(Mon) 06:39
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札幌バンド・横浜バンド・熊本バンド
 これらの研究をライフワークとしている人を知っています。 そんなわけで私も耳学問しているのですが...

かのクラークが札幌農学校で学生たちに聖書を配って聖書を暗唱させたりしました。
しかし、当時の日本政府は、西洋の技術や文明は受け入れても、その思想とか宗教は受け入れまいとした。

黒田清隆開拓長官は、キリスト教を札幌農学校の学生に教えてはいけない
しかし、道徳教育は必要である、人間としてすべきこと、してはいけないことは絶対教えてほしいとクラークに言ったそうです。

道徳教育をするのに,アメリカ人にとっては聖書は必要なものです、日本もいずれ聖書を大切にする時代がくるにちがいないとクラークは黒田を説得したらしい。

やがて、二人は札幌農学校の学生たちにキリスト教教育をすることを認めるようになるのですが、はたから見ていると一種の腹芸のようなことをしたらしい。(教室で聖書のことを教えるのはやめて、日曜日にクラークのところに集まった学生の質問に答えるなど)

ともかく、クラークは聖書の出エジプト記第二十章の最初の十七節を学生たちに暗唱させました。 そうクラークの手紙に書いています。

私も棚から聖書を取りだして、出エジプト記を見ると
人のものをとってはいけない、人を殺してはいけない等
あたりまえのことが書いてあります。

あの寂聴さんも、人を殺してはいけないということは仏教徒ならあたりまえのこと(なぜ人を殺してはいけないのかという疑問は必要なし)と言っています。

中国の漢王朝をはじめた劉邦は、人のものをとってはいけない、人を傷つけてはいけない、人を殺してはいけないという簡単なルール(法)を人々に示したそうです。

どうも、日本の場合、宗教を敬遠するあまり、人としての道徳も遠ざけているような気がします。


[No.9753] Re: 札幌バンド・横浜バンド・熊本バンド 投稿者:まや  投稿日:2016/09/14(Wed) 21:19
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男爵さん、今晩は!

> 札幌バンド・横浜バンド・熊本バンド
>  これらの研究をライフワークとしている人を知っています。 そんなわけで私も耳学問しているのですが...
>
 耳学問なら私も負けないくらいに・・・・
 なにしろ、戦後ほどない昭和30年前後は札幌在住で、札幌バンドの流
れを汲む人たちとは親しくしていましたので〜〜〜 それに、横浜バンド
や熊本バンドの流れを汲む人たちも存じ上げていますので〜〜〜

> 道徳教育をするのに,アメリカ人にとっては聖書は必要なものです、日本もいずれ聖書を大切にする時代がくるにちがいないとクラークは黒田を説得したらしい。
>
> やがて、二人は札幌農学校の学生たちにキリスト教教育をすることを認めるようになるのですが、はたから見ていると一種の腹芸のようなことをしたらしい。(教室で聖書のことを教えるのはやめて、日曜日にクラークのところに集まった学生の質問に答えるなど)
>
 
 日曜日はキリスト教徒にとっては教会で礼拝を守る日になっていますの
で、クラークは日曜礼拝に学生が来るように奨励したのでしょう。日曜日
には礼拝をすると同時に日曜学校を開いて聖書の勉強をすることになって
います。アメリカでもやっていることを日本でもやったのでしょう。

> ともかく、クラークは聖書の出エジプト記第二十章の最初の十七節を学生たちに暗唱させました。 そうクラークの手紙に書いています。
>
> 私も棚から聖書を取りだして、出エジプト記を見ると
> 人のものをとってはいけない、人を殺してはいけない等
> あたりまえのことが書いてあります。

 聖書のこの箇所は「十戒」と言ってタイヘン大事なところです。でも
男爵さんが取り上げた箇所は最後のほうのもので、最初に書かれている
のは二十章の第三節「あなたには、わたしをおいてほかに神があっては
ならない」というところで、続く「あなたはいかなる像も造ってはなら
ない」という語句も大事なところです。
 まず最初に、この箇所が多神教的な日本人の神概念に受け入れられな
いのではないかと思います。人を殺してはいけないなどという言葉は七
番目の戒めになっています。順番が遅いから軽く見ていいということは
ありませんが、先ず最初に唯一神の信仰を求められるところに多くの日
本人が違和感を持つのではないでしょうか?

> どうも、日本の場合、宗教を敬遠するあまり、人としての道徳も遠ざけているような気がします。

 日本人が宗教を敬遠しているとは思いませんし、人としての道徳を遠
ざけているとも思いませんが、一般的な日本人の宗教は「八百万の神」
を信じ、道徳は小学校時代から教え込まれた昔ながらの「修身」を頼り
にしているだけと言っても過言ではないのではないでしょうか?
 日本人にとっては「なにごとのおわしますかは知らねども勿体なさに
涙こぼるる」というのが宗教心かもしれません?
 札幌バンドや横浜バンド、熊本バンドを論ずるには、唯一神の信仰を
理解しなければ深くは理解できないかもしれません。

まや


[No.9754] イスラム教の偶像崇拝禁止 投稿者:男爵  投稿日:2016/09/18(Sun) 10:51
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まやさん、みなさん   こんにちは。


クラークは本国アメリカでよりも
日本の札幌農学校の校長体験のほうが
彼の人生に自信を与えてくれたようです。

本国アメリカでは批判者もいたのに対し
この時期の札幌農学校での仕事ぶりは自分も満足であったし、学生をふくめた回りの評価も高かったようです。

それは時代背景とか黒田という人物との出会いがあったからかもしれません。

彼の日本評価は全面的な肯定に満ちていましたが
彼の帰国後も札幌農学校で教育に勤めたホイーラーは、日本のよい点と悪い点をきちんと指摘していたようです。
 二人がアメリカに送った手紙を分析した研究者の本を読みました。


> > 私も棚から聖書を取りだして、出エジプト記を見ると
> > 人のものをとってはいけない、人を殺してはいけない等
> > あたりまえのことが書いてあります。
>
>  聖書のこの箇所は「十戒」と言ってタイヘン大事なところです。でも
> 男爵さんが取り上げた箇所は最後のほうのもので、最初に書かれている
> のは二十章の第三節「あなたには、わたしをおいてほかに神があっては
> ならない」というところで、続く「あなたはいかなる像も造ってはなら
> ない」という語句も大事なところです。
>  まず最初に、この箇所が多神教的な日本人の神概念に受け入れられな
> いのではないかと思います。人を殺してはいけないなどという言葉は七
> 番目の戒めになっています。順番が遅いから軽く見ていいということは
> ありませんが、先ず最初に唯一神の信仰を求められるところに多くの日
> 本人が違和感を持つのではないでしょうか?

この部分は知っていましたがわざと書きませんでした。

思うに
ムハンマド(マホメット)はキリスト教がモーゼの十戒に背いていることに気付いていたと思われます。
それで、イスラム教では偶像崇拝を強くいましめているのだと思います。

ただ歴史的には、キリスト教にも偶像崇拝を禁止する動きがあったようです。

東ローマ帝国のイコノクラスム
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%8E%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%A0

原始キリスト教でも原始仏教でも
はじめは絵や彫刻はなかったと思いますが、時代とともにそういうものができてきたようです。

仏教では
釈迦のシンボルとして、法輪(ほうりん)や仏足石(ぶっそくせき)がつくられ
やがて仏像ができてきたのでしょう。
ガンダーラの仏像はヘレニズム文化の影響と思われます。


[No.9755] イスラム教の食べ物のタブー 投稿者:男爵  投稿日:2016/09/19(Mon) 20:07
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まやさん、みなさん   こんにちは。

> 思うに
> ムハンマド(マホメット)はキリスト教がモーゼの十戒に背いていることに気付いていたと思われます。
> それで、イスラム教では偶像崇拝を強くいましめているのだと思います。

イスラム教では
食べ物に関して
キリスト教よりユダヤ教の教えに忠実です。

下記のことは,私のプロフィールの中にも書いてあることですが
ここで紹介します。

 イスラム教の元になったユダヤ教では、もっと食べ物に関する戒律が厳しい。

 ユダヤ教徒はその掟「カシュルート(食事規定)」に即した食物でないと食べてはいけない。
 なお、カシュルートに適合した食品はコーシャ(適正食品)と呼ばれる。
  ☆野菜や果物はすべて食べてよい。
  ☆肉は、牛、羊、鹿は食べてよい。豚、馬、らくだ、兎、犬、猫、猿、狼、熊、ライオンなどは食べていけない。
  ☆鳥肉は、鶏、あひる、がちょう、七面鳥、鳩は食べてよい。それ以外の野鳥は食べてはいけない。
  ☆は虫類、両生類、昆虫も食べてはいけない。ただし、イナゴは食べてもよい。
  ☆魚では、ウロコとヒレがある魚は食べてよい。イワシ、アジ、サバ、コイ、フナ、マス、アユ、マグロ、カツオ、タラ、ヒラメ、カレイ、ハマチなど問題ない。
   しかし、ウナギ、ナマズ、アナゴ   など、ウロコがはっきりしない魚は食べてはいけない。クジラ、サメも食べてはいけない。
  ☆貝類、エビ、カニ、タコ、イカ、カタツムリはいっさい食べてはいけない。
  ☆これらの食事規定は、旧約聖書「レビ記」11章に書かれている。
  ☆肉は、まずショヘット(屠殺人)がユダヤ教の戒律にのっとり家畜を一撃で安楽死させ、なおかつ完全に血抜きをしたものでなければ食べてはいけない。

イスラム教の場合、ムスリム留学生を見ていると
魚や貝類は何でも食べているようです。

キリスト教では、こういう食べ物の制限はないようですね。  豚カツもウナギも食べる。


[No.9756] Re: イスラム教の偶像崇拝禁止 投稿者:まや  投稿日:2016/09/20(Tue) 16:46
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男爵さん、こんにちは!

> この部分は知っていましたがわざと書きませんでした。
>
> 思うに
> ムハンマド(マホメット)はキリスト教がモーゼの十戒に背いていることに気付いていたと思われます。
> それで、イスラム教では偶像崇拝を強くいましめているのだと思います。
>
> ただ歴史的には、キリスト教にも偶像崇拝を禁止する動きがあったようです。
>
> 東ローマ帝国のイコノクラスム
> https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%8E%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%A0
>
> 原始キリスト教でも原始仏教でも
> はじめは絵や彫刻はなかったと思いますが、時代とともにそういうものができてきたようです。
>

 少し誤解があるようですので・・・

 キリスト教でもカトリックとプロテスタントがあるのはご存じのとおりです。
なぜ、プロテスタントが誕生したかも歴史で教わったと思います。

 プロテスタントはカトリックの絵や彫刻、免罪符などに反対を唱えて、それら
を全否定してカトリックにプロテストしたのはご存知ですよね。

 プロテスタントの十字架にはキリストの像は載っていませんし、カトリックと
の大きな違いはプロテスタントの教会のどこにもカトリックの教会で見られる
ようなキリスト像やマリア像などの装飾はありません。

 キリスト教でもプロテスタントでは偶像崇拝はありません。とにかく、誤解の
ないように書きましたが、専門家でもない宗教論争はここまでにしますね。

では、では。

まや