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[No.53] 津波の昔話 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/06(Mon) 08:45
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三陸では
明治や昭和にも大津波に襲われているから
いろいろそれにまつわる昔話があります。

なかでも印象に残っているのは
一度逃げてから、もう一度家に大事なものをとりに戻って
津波で死んだお婆さんのことです。

たいてい欲張りな人はお婆さんということで
世界中、老婦人にこの役を与えているようですが
(作者は男性だからそうなるのでしょうか)
それはさておき
火事でも津波でも、もう一度もどって家の中に入ることは
危険なことです。


[No.54] Re: 津波の昔話 投稿者:まや  投稿日:2013/05/06(Mon) 22:34
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男爵さん、今晩は!

> 三陸では
> 明治や昭和にも大津波に襲われているから
> いろいろそれにまつわる昔話があります。

 何度か三陸を訪れていますが、観光バスで山間地から海のほうに下るとき
バスガイドが山の岩肌にくっきりと引かれた線を示して「XX00年には津波
がここまできたんです。それなのに今ではあの防波堤の外の海側に住宅を建
てている人がいるんですよ。大津波が来たら家ごと攫われてしまいますよ」
と話してくれました。それが現実のことになったのですね。

 私たちは今度の大津波のようなものは想像もしませんでしたし、考えもし
ませんでした。でも、地球はぶよぶよの水と火と泥土の球体と思い知らされ
たのです。防波堤の海側に家を建てた人たちは、そんなことを夢にだに思う
ことはなかったでしょう。

 海岸に原子力発電所を作った人たちも同じで、大津波なんて夢にも思わな
かったでしょう。あの大津波が襲ったのが百万分の一の確率だったとしても
今日、あるいは明日に再度大津波が襲ってこないという保障はないのです。

 津波の昔話は「昔の話」であってはならないのです。

まや


[No.55] Re: 津波の昔話 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/07(Tue) 07:43
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まやさん  こんにちは

>  何度か三陸を訪れていますが、観光バスで山間地から海のほうに下るとき
> バスガイドが山の岩肌にくっきりと引かれた線を示して「XX00年には津波
> がここまできたんです。それなのに今ではあの防波堤の外の海側に住宅を建
> てている人がいるんですよ。大津波が来たら家ごと攫われてしまいますよ」
> と話してくれました。それが現実のことになったのですね。

はい
海に行くと、何カ所もそういう記録を見ることができます。

今回の津波では、それらの記録を上回っている場所が多いです。

地震の直後に
この大きな地震と津波は約千年前の
貞観地震(じょうがんじしん)の匹敵するものだという
発表がありました。

貞観地震は、平安時代の貞観11(869)年5月26日
に、三陸で発生した巨大地震で記録が残っています。

このときの津波の遺跡が多賀城(当時の大和朝廷の基地)で発見されたそうです。

今回も多賀城市内は被災地となりました。

千年ぶりの大地震なので
明治や昭和の津波より被害が多かったのですが
当然これくらいの津波には対策を考えておくべきでした。


[No.57] Re: 津波の昔話 投稿者:まや  投稿日:2013/05/07(Tue) 13:40
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男爵さん

> はい
> 海に行くと、何カ所もそういう記録を見ることができます。
>
> 今回の津波では、それらの記録を上回っている場所が多いです。
>
> 地震の直後に
> この大きな地震と津波は約千年前の
> 貞観地震(じょうがんじしん)の匹敵するものだという
> 発表がありました。
>
> 貞観地震は、平安時代の貞観11(869)年5月26日
> に、三陸で発生した巨大地震で記録が残っています。

 そうでしたね。
 でも、私たちが見た津波の高さの記録も海岸近くのものではなく、
ずっと山のほうの岩の肌につけられていたものですよ。

 ですから、バスガイドさんも半信半疑で案内していたのを、今度は
ご自分でも「あ、本当だったんだ」と思っているかも。

まや


[No.58] 露座の大仏 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/07(Tue) 17:08
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まやさん  こんにちは

> 貞観地震は、平安時代の貞観11(869)年5月26日
> に、三陸で発生した巨大地震で記録が残っています。
>
> このときの津波の遺跡が多賀城(当時の大和朝廷の基地)で発見されたそうです。

鎌倉の大仏も最初は大仏殿の中にあったのに
今からおよそ500年以上も前に起きた地震とそれにともなう津波に襲われ
大仏殿が破壊されたということになっています。
http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-98eb.html

これには諸説があるようですが
明応7年(1498年)9月20日(明応地震)が正しいと考証されている
という説を紹介しておきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%BE%B3%E9%99%A2

歴史を調べれば、現代にも役に立ちます。


[No.59] Re: 露座の大仏 投稿者:   投稿日:2013/05/07(Tue) 18:02
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男爵さん、こんにちは!

> http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-98eb.html

 この最初に書いて下さったサイトを開いてビックリ。よく知っている
多摩湖で、昨日はすぐ隣の狭山湖を一周してきたばかり・・・

 露座の大仏となんの関係があるのかしら?

 それに多摩湖と狭山湖は地震対策のための堰堤強化工事をすませたば
かり・・・露座の大仏も大々的な報道で周知の事実。あえて言うなら、
男爵さんのコメントは私の書き込みに対するものか伺いたいです。

まや


[No.62] Re: 露座の大仏 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/07(Tue) 20:41
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まやさん、こんにちは!

>  この最初に書いて下さったサイトを開いてビックリ。よく知っている
> 多摩湖で、昨日はすぐ隣の狭山湖を一周してきたばかり・・・
>
>  露座の大仏となんの関係があるのかしら?
>
>  それに多摩湖と狭山湖は地震対策のための堰堤強化工事をすませたば
> かり・・・露座の大仏も大々的な報道で周知の事実。あえて言うなら、
> 男爵さんのコメントは私の書き込みに対するものか伺いたいです。

このサイトの作者の意図はわかりません。
鎌倉の大仏と津波の関係をあつかっていたサイトだったので紹介しました。

さて
三陸津波ですが
現地に行ってみると
過去の津波の経験から
「ここまでくれば大丈夫」という掲示板をよく目にしました。

避難の目安に津波以前につくられたものだと思います。
それを現地で見ると
確かにそこまで逃げてくれば助かると思うことが多かったです。

しかし
なにかはもっと逃げないと危なかった
という場所もありました。

それらは、たぶん写真に撮ってきたはずですが
それを画像ファイルから探すのはなかなか大変です。

あとで時間があったら探してみたいと思います。


[No.60] 砂地盤の液状化 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/07(Tue) 20:06
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まやさん  こんにちは

液状化現象とは、地震の際に地下水位の高い砂地盤が、振動により液体状になる現象です。

日本では
1964年6月16日に発生した新潟地震の際、信濃川河畔や新潟空港などでこの現象が発生したことから注目されるようになりました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%B2%E7%8A%B6%E5%8C%96%E7%8F%BE%E8%B1%A1

1983年(昭和58年)の日本海中部地震で秋田の八郎潟の干拓地で見ることができましたし
阪神大震災では港湾施設が被害を受けましたね。

ところが
実は昔から液状化現象はあったのです。ただ、学問的に知られていなかっただけ。
琵琶湖岸では塩津港、針江浜、烏丸崎、湯ノ部の各遺跡で噴砂痕が見つかっています。
これらは大地震による液状化によるもので、たとえば塩津港遺跡が1185年の地震活動で生じたと推定されています。

つまり
言いたいのは現代の地震被害の研究もさることながら
昔の被害の遺跡調査なども調べれば
災害の研究に役立つのではないかということです。
 過去と現在はつながっている。


[No.61] 五重塔は地震に強い 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/07(Tue) 20:31
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まやさん  こんにちは

今度は
耐震建築としての五重塔です。

1969年の映画
「超高層のあけぼの」を見たことがあります。

これは当時の耐震建築の権威である武藤清教授の指導で
日本にも高層建築時代が訪れたのですが
青年時代の武藤清が関東大震災にあい、東京がほとんど全滅したのに
なんと
上野の寛永寺の五重塔だけが残っているではありませんか。

それを見て感動した武藤清が、やがて東大で研究した末に
柔構造理論にもとづいた高層耐震建築である
36階の霞が関ビルをつくりだすという話になっています。

しかし
なぜ五重塔が地震に強いのかは、よくわかっていないようです。
五重塔の耐震性について書かれた本も世にありますが。

私が思うに
○木造だから、軽くて丈夫。(地震の力はその構造物の重さに比例する。正確に言えば質量に比例するわけですが)
  重いコンクリートの構造物にはそれに比例した大きな地震力が働き、軽い木構造物にはコンクリートのものよりはるかに小さな地震力が働く。
○五重塔の中は何も重い荷物など置いていない。構造物だけだから身軽で丈夫である。
○五重塔の中心の柱は土台部分が雨水で朽ちている。柱は天井で支えられているが、床では支えられていない。その結果、振り子のように地震時に揺れる。この振り子は実は制震装置のように働く。

と色々書きましたが、すでにものの本に書いてあることです。

昔の建物でも丈夫なものは残っているので、これを研究することで
現代の耐震工学に役に立つこともあるでしょう。