たとえ、ほかのは外してもこれだけはゼッタイに外すわけには行かないと思う。翻訳というもの、どれも基本的には創作には違いないが、鴎外の「即興詩人」となると他を大きく引き離して、他の追随を許さない。文学的香気の点で、突出しているのだ。
ただこの古めかしい文章には、あっしら後期高齢者でも二の足を踏みかねないのだから、いまの若い人には余計そう感じられるだろう。つい受験時代の試験問題を思い出して敬遠するかもしれない。ただ、あっしらのように、方々にガタが来ている訳でなく身体強健、眼も確かだと思うので、ぜひ紋句を云わずに挑戦してもらいたい。
出だしのところをチョッと紹介すると、「羅馬に往きしことある人はピアッツァ、バルベリイニを知りたるべし。こは貝殻持てるトリイトンの神の像に造り做したる、美しき噴井ある、大いなる広こうじの名なり。…」
ちくま文庫から、親切なルビつきで、難解語の解説まで付いた本が出ている。しかし、文章のやさしいのがいい人は、岩波文庫の大畑末吉訳「即興詩人」の方が便利かもしれない。
もうひとつ、鴎外では、郷ひろみが主役で海外ロケをして映画にまでなった「舞姫」がある。この作については、同じちくま文庫で、井上靖の現代訳が出ている。
|