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[No.237] 二十四の瞳 投稿者:  投稿日:2013/09/15(Sun) 10:57
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今朝のラジオ「きょうは何の日」で「二十四の瞳」が封切られた日と言っていました。60年近く前になる
んですね。木下恵介の名作、デコちゃん演じる若き女教師大石先生と12人の分教場の生徒たち。
昭和の初めから終戦翌年くらいまでの激動の中、師弟愛が戦争・貧困などで踏みにじられて行く様を
描いていて涙を誘われました。今でもいくつかの場面を思い出します。昴


[No.239] カルメン故郷に帰る 投稿者:  投稿日:2013/09/15(Sun) 17:07
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同じくデコちゃん主演、木下監督の「カルメン故郷に帰る」(51)は日本初の総天然色長編映画でした。
高峰秀子演ずる陽気なストリッパーカルメンが里帰りして引き起こす珍騒動、浅間山麓に展開される
ユーモアたっぷりの映画でした。デコちゃんの「煙突の見える場所」(57)も印象に残っています。昴


[No.242] Re: 二十四の瞳 投稿者:夏子  投稿日:2013/09/15(Sun) 22:45
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昴さん、みなさん

> 今朝のラジオ「きょうは何の日」で「二十四の瞳」が封切られた日と言っていました。60年近く前になる
> んですね。木下恵介の名作、デコちゃん演じる若き女教師大石先生と12人の分教場の生徒たち。
> 昭和の初めから終戦翌年くらいまでの激動の中、師弟愛が戦争・貧困などで踏みにじられて行く様を
> 描いていて涙を誘われました。今でもいくつかの場面を思い出します。昴

そうかぁ、もう60年近いのですか。思い返せば、私が小学校の時に、この映画を
見ましたから、やっぱりそうなりますね(^^;

当時、小学校は、映画を見に行くことを禁じていて(もっとも、親が、たまに隣の町
に映画を見に連れて行ってくれましたが・・・(^^;)、「二十四の瞳」は、学校から
先生に引率されて団体で見に行った映画でした。時々、この団体鑑賞がありました。

帰宅後、子供たちで「二十四の瞳ごっこ」をして遊びました(^O^)/

その後、テレビでも何回も見ました。これはやっぱり子供が見るより、大人が見た
ほうがよく分かる映画でしたね。数ヶ月前になりますか、またやっていて、じっくり
見て、感動を新たにしました。

木下恵介監督は、再評価されているようですね。
たくさんのいい木下映画を見ました。「喜びも悲しみも幾年月」も良かったですね。

高峰秀子と小林圭樹が聾の夫婦を演じた「名もなく貧しく美しく」も良かったですが、
あれは松山善三監督の作品でした。さすが木下監督のお弟子さんだけあって、映画の
雰囲気が似ていますね。ふっと、木下監督の作品だったような気がしていました(^^;

「カルメン故郷に帰る」は、テレビで見ました。

高峰秀子と加山雄三の「乱れる」も良かったなぁ。義理の姉と弟の恋に胸がきゅんと
なりましたっけ(^^;


[No.248] 高峰秀子と黒澤明 投稿者:男爵  投稿日:2013/09/16(Mon) 07:52
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昴さん、夏子さん、みなさん

> > 今朝のラジオ「きょうは何の日」で「二十四の瞳」が封切られた日と言っていました。60年近く前になる
> > んですね。木下恵介の名作、デコちゃん演じる若き女教師大石先生と12人の分教場の生徒たち。

> 先生に引率されて団体で見に行った映画でした。時々、この団体鑑賞がありました。

> 帰宅後、子供たちで「二十四の瞳ごっこ」をして遊びました(^O^)/

> その後、テレビでも何回も見ました。これはやっぱり子供が見るより、大人が見た
> ほうがよく分かる映画でしたね。

大石先生の夫役だった天本英世はユニークな俳優でしたが
ほとんどの人は気がつかなかったでしょう。

柿の木に登って、柿を取ろうとして
枝が折れ、落ちて死んでしまった大石先生の息子。
食べ物が少なくて、空腹で、さぞ食べたかったろう。
柿の木の枝は折れやすいので注意とは、よく言われます。

> あれは松山善三監督の作品でした。さすが木下監督のお弟子さんだけあって、映画の
> 雰囲気が似ていますね。ふっと、木下監督の作品だったような気がしていました(^^;

少女時代の高峰秀子が主演の「馬」(1941年)という映画は名作ですが
盛岡ロケや他の東北地方でも撮影しました、

【監督・脚本】 山本嘉次郎
【製作主任】 黒澤 明
【出 演】 高峰秀子、藤原鶏太、竹久千恵子、
丸山定夫、沢村貞子、小杉義男 ほか

馬が好きで、身重の母馬を、そして生まれた仔馬を、懸命に世話する少女いね(高峰)。
監督の山本嘉次郎が多忙だった為、実際にはほぼ全編、黒澤明がメガホンを取った。

あるとき
高峰が乗っていた馬が観客の何かの動作に驚いたのか
突然走り出し、高峰は振り落とされそうになった。
とっさに黒澤が馬の前に出て必死になって止めた。

黒澤は撮影が終わると夜に脚本を書いていた。
そんな黒澤のそばに行って彼の仕事をてつだったりした高峰は
いつしか黒澤にひかれるようになった。

黒澤が、高峰の母親に二人の結婚を願い出ると
母親は「助監督ふぜいに娘はやれない」と断った。
これに発憤した黒澤は世界のクロサワになったと言われている。

高峰秀子の書いた本を読むと
実際は、彼女の養父母が彼女は大事な金づるだったので
相手が映画監督であっても結婚させたくなかったようである。

これは
乙羽信子の場合も同様で
育ての親にとって、女優の娘は、金のなる木であるから
娘の将来よりは自分たちの生活のほうが大事だったようである。

こんな親の元にいたら自分の将来はないと考えた高峰秀子は
パリに留学する。

やっと親から独立することができた高峰のところに
松山からのプロポーズが届く。
質素な結婚生活だったという。


[No.253] 投稿者:  投稿日:2013/09/16(Mon) 09:30
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> 少女時代の高峰秀子が主演の「馬」(1941年)という映画は名作ですが
> 盛岡ロケや他の東北地方でも撮影しました、

この映画のトップシーンはこんな言葉で始まります。
「東條陸軍大臣の言葉 飼養者の心からなる慈しみに依ってのみ優良馬ー将來益々必要なる我が活兵器ーが造られるのである」

立派な軍馬を育てる農家の娘を描くこの作品、面白いのは1年がかりの長期ロケで春・夏・秋・冬それぞれ別のカメラマンが担当、中でも夏パート担当は三村明、山中貞雄「人情紙風船」など多くの作品があります。ウィキペディアで検索して見て下さい。昴


[No.334] 喜びも悲しみも幾歳月 投稿者:男爵  投稿日:2013/09/21(Sat) 17:02
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高峰秀子の映画といえば
「喜びも悲しみも幾歳月」です。

ところは岩手県
 東経142度04分21秒の『本州最東端の地』重茂半島 トドヶ崎には、
トドヶ埼灯台があります。

 トドヶ崎から望む太平洋は、さえぎるものが何もなく果てしなくつづく青い海。水平線がはるかかなたに見え、地球が丸いのを実感できます。
 夜明けには東の海から昇ってくる朝日と真っ先に出合えます。

 昭和32年に発表された映画「喜びも悲しみも幾歳月(木下恵介監督)」は、戦前・戦後を通じ永きに渡りトドヶ埼灯台で過ごした灯台守の妻である田中キヨさんの手記をもとに製作されました。

宮古からこの近くを通る観光バスでは、必ずといっていいほど
この話を聞かされます。

トドヶ崎には、本州最東端の碑(田中キヨさんの筆)があります。

今も歌われる主題歌
http://www.youtube.com/watch?v=H9GIqaQ9PVI