[No.2787]
Re: 変るものと、変らぬもの
投稿者:35斉
投稿日:2006/08/20(Sun) 15:33
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変蝠林さん ぷわらさん 今日は
> > A級戦犯がどうのこうのと言いますが、たしかに日本人はたくさん死にましたが、
> > あの時戦争しなかったら、今ごろ日本はなかったかもしれません。
> > 欧米がやりたい放題だったあの時代に、日本はアジアのリーダーとして
> > 戦ったんです。
> > そう考えれば、たくさん死なせた責任はあるにせよ、負けはしましたが、
> > 合祀していてもよいのではないか、とも思うのですが。
> > これは、反論が多そうなので、今まで言いませんでしたが、
> > この時期なので、言ってしまいました。
>
> ◎上記御発言を反芻したい為に敢えてアップ致しました。
>
35斉は反芻した結果、反論のほうに手を上げます。
そもそも靖国の生い立ちや、戦犯合祀の経緯の事実関係、遺族会の考え、
其の他、論ずべき「戦争責任の定義」に至るまで並べてから、
反論すべきでしょうが、飽きるほどの論戦がされてきましたので、
かいつまんで、反論の要旨を述べます。
1:開戦の経緯
大東亜戦争に至るまでの国際情勢と日本の立場は「日本は欧米のアジア侵略の
矛の御楯となって戦った」とかマッカーサーの委員会証言で「日本は安全保障の
ために戦ったのだ」など見方に立つか、その前の日清戦争、満州事変にみる
日本の軍事力による中国戦線拡大抑制に欧米が動いたと見るか、
全て国益を隠し持った「戦争の大義」には何時の世も正解は有りません。
でも、35斉は国際政治学者では有りませんから、マッカーサー証言の側に立ちます。
2:戦争の遂行(宣戦布告・遂行・ポツダム宣言受諾)
問題はここです。そりゃー国民も洗脳されたとは言え戦争遂行には協力したし、
今でこそ小賢しく戦争批判するマスコミだって率先垂範の戦争励讃記事で、
国民を煽りました。
でもそれもこれも政治的に曲げられたもので、あくまでもその中枢が行った
「恣意的な戦争遂行」の責任は問われるべきだと思います。
3:特に昭和20年の戦況から考え、その犠牲者の多さにを踏み台にして、
尚戦闘を続けた戦争責任者は、明らかに政治的大量殺人者として、
辛い事ですが、日本人が日本人を裁くべきだと思います。
東京裁判は戦勝国側の理論?で裁きました。他国から裁いてもらは無ければ、
日本人は事の理非・犯罪の有無を明らかに出来ないのでしょうか?
日本人の、日本人による、日本人のための、裁判です。
同じような論旨で「読売新聞」が論じているようです。そちらの方がもっと
理路整然としているようですが?
斯く反芻しました。 35斉