地震などの天災を語る 
(期間:2013.5.1 - 2013.6.30)

「天災」とは地震・台風・雷・洪水・津波などの自然災害ですが
天災は忘れた頃にやってくると言われます。
みなさんの体験や伝聞、それに対策や後始末なども、お待ちしています。


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  • [No.162] 保存水 投稿者:千葉の小猿  投稿日:2013/05/27(Mon) 10:40
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    この4月で保存水の5年の保存期限が来ましたので新たに2リットル6本を購入しました。
    10年の保存期間のものは5年のものに比べて2倍以上の価格がするので5年のものにしました。
    どうも容器の違いのように思えます。
    保存期間をすぎた水は飲料に的さなくとも何かに役立つでしょうから1年はそのままにしておきます。
    保管場所は鉄製の物置です。何かが倒れかかって変形しても取り出しは可能とタカをくくっています。
    皆さんは保存期限の過ぎた保存水をどうされていますか。
    千葉の小猿


    [No.161] Re: キリン登場 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/27(Mon) 09:48
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    > 船橋 洋一・著
    >  カウントダウン・メルトダウン 下巻 (2012.12)

    >それにしても
    >この本は読みにくい。
    >時系列で書いていない。

    >東電や政府や各省庁や地方自体やその他の
    >違う視点でそれぞれ何度も
    >同じ対象について述べている。

    >だから繰り返しの記述もあれば
    >違う立場なので、他の言うことを否定したり修正したりする発言もある。

    >著者は色々多くの資料や証言を集めたので
    >それらを省略せず、いちいち書き留めたいのだろうけど
    >読む方はなかなか大変である。 疲れる。

    第18章 SPEEDIは動いているか
    第19章 飯舘村異変
    第20章 計画的避難区域

    ここなども読んでいて、それぞれの立場の人間がそれぞれの対応をしているから
    時系列的な記述ではない。
    戻ったり、同じ出来事を違う立場からどう対応したかなど
    繰り返して書かれているため非常に煩雑になっている。

    各章の要点だけ書くと下記のようになる。

    第18章 SPEEDIは動いているか
     放射性物質の広がりを気象条件などをもとに迅速に予測するシステムSPEEDI。
     放射性雲は、浪江町へと移動し、雨雪となって地上におちたが、その予測は住民には知らされない。

    第19章 飯舘村異変
     SPEEDIが当初公表されなかった理由。それは、放射能の放出源情報がなかったためだった。
     実測のモニタリングから逆推定できないかという枝野のアイデアを専門家が試みる。

    第20章 計画的避難区域
     4月に入ると一過性の放射能被ばくではなく、累積性の放射能被ばくを避けるための避難が必要になってきた。
     だが、その線引きは、県、文科省などの思惑によって困難を極める。


    [No.160] Re: 人が死ぬということ 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/27(Mon) 07:52
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    旭岳さん こんにちは

    > 自分の職務に殉じてお亡くなりになった方々、そして後の残された方々には
    > 本当に何と言うべきか言葉も無く、だた幸多くあって欲しいと願うだけです。
    >
    > 助かる時間的余裕があったと思われるのに、小学生の子供を亡くした親の方。
    > 残された親御さんの何故そうなったのかを知りたいと思う気持ちは当然と思い
    > ます。

    ほんのわずかの判断や偶然で
    永遠の別れとなってしまった人はいつまでも心に痛みが残るでしょう。
    今回の大震災で、そういう残された方々の悲しみは、私にとっても忘れることができません。

    > 公立の小学校なのですから、各関係機関及び各関係者は法的な追求を逃れよう
    > 等とは思うのはもって他、ありのままを伝える義務があると思います。
    >
    > 法的責任以外に道義的責任もあります。

    大川小学校の校長はたまたま休暇を取っていたので
    津波の時にはいなかったから助かったのですが
    かえって一人だけ残され、辛い毎日だったと思います。
    このあと退職してしまい何も語らないようです。

    ひとり生き残った先生も教育委員会などから口止めされているようで
    いつか語る日が来るかもしれませんが、この先生のストレスも相当なものだと思います。

    あのビデオなど見ると
    先生方に誘導されて小学生たちが一列になって向かった
    新北上大橋のたもとの高台も、実はすっかり津波の飲み込まれたので
    後から考えると、わざわざ危険な場所に向かっていったことになりますが
    当時としてはわからなかったことなのでしょう。

    直感的に裏山に登ったら助かったのは結果論で、山崩れも心配して
    山に登らせなかったのでしょう。

    この北上川は改修され新しくできたので堤防なども新しいものです。
    明治の時の津波とは状況も変わっていたから
    過去の例を参考にしながら、新しい予測というものが必要だった気がします。
    過去と現在の状況を総合的に判断した防災マップが用意されるべきでした。

    なんだか
    仙台の大学の先生も地震が来るとは予測していましたが
    女川原発とか仙台の都市防災の方に目が奪われて
    宮城県の海岸部のことまで手が回らなかったのでしょうか。

    写真は新北上大橋です。


    [No.159] Re: 人が死ぬということ 投稿者:旭岳  投稿日:2013/05/26(Sun) 21:22
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    男爵さん こんばんは

    自分の職務に殉じてお亡くなりになった方々、そして後の残された方々には
    本当に何と言うべきか言葉も無く、だた幸多くあって欲しいと願うだけです。

    助かる時間的余裕があったと思われるのに、小学生の子供を亡くした親の方。
    残された親御さんの何故そうなったのかを知りたいと思う気持ちは当然と思い
    ます。

    公立の小学校なのですから、各関係機関及び各関係者は法的な追求を逃れよう
    等とは思うのはもって他、ありのままを伝える義務があると思います。

    法的責任以外に道義的責任もあります。


    [No.158] キリン登場 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/26(Sun) 21:19
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    船橋 洋一・著
     カウントダウン・メルトダウン 下巻 (2012.12)

    > > 日本の「救世主」ハイパーレスキュー隊

    もっと優れもののキリンが、まるで出番を待っていたかのように
    いいタイミングで登場した。

    17日の真夜中に公明党の遠山衆議院議員に、支援者から電話がかかってきた。
    「ドイツのプツマイスター社の製造している生コン圧送車が、福島第一原発の使用済み核燃料プールの冷却に役に立ちそうです」
    「この生コン圧送車は、チェルノブイリ原発事故後の石棺作業でも活躍したそうです。この車両には58メートルの長いアームが搭載されています。生コンの代わりにピンポイントで水を注入することができます。その車両が横浜港に1台あります」

    これはいいと、遠山代議士は早速総理官邸に知らせる。

    この知らせを受けた福山官房副長官は調べると
    プツマイスター日本法人がベトナムに輸出するため、中古の車両が2台横浜港に荷揚げされていた。同社の鈴木社長がこの後ずっと対応する。

    ドイツの本社に問い合わせ、ベトナム行きの車両を急遽日本に回してくれることになった。
    アームは1台は52メートルまで、もう1台は58メートルまで伸びる。

    この車を海江田はキリンと呼ぶことにした。
    さあ、キリンの活躍がはじまるのだが、問題は誰が運転するかである。

    消防庁に頼んだら断られた。
    では、コンクリート圧送車だから土木事業者に頼んだらということになったが、やはり危険だからだめだろうということになった。

    結局、こういう事態を引き起こしたのは東京電力だから東京電力がやれということになり
    東電は協力会社(下請け)の東電工業に頼んだのであった。

    19日昼頃、58メートルのほうの車両をプツマイスター日本法人の社員が運転して、20日午前6時に東電小名浜コールセンターに到着した。

    鈴木社長らは郡山のホテルで、東電側から福島第一原発の敷地内の線量マップの説明を受ける。
    「線量の上昇は止まっています。作業時間は10分以内。安全ですから」

    20日の午後と21日午前に、小名浜コールセンターでプツマイスター日本法人の技術者が、現地でキリンを動かす技術者たちに操縦を教えた。
    長いアームを建屋にぶつけて壊しでもしたら、すべてが水の泡である。神経を使った。

    22日午後5時にキリンが現地に登場して、東電工業の二人が早くもコツをつかみ上手に操作した。
    かくして放水が開始されたのである。

    26日ドイツから来た技術者はこんなことを話した。
    チェルノブイリ事故の時は、何十人ものソ連の死刑囚がドイツのシュツットガルトに送り込まれて来た。彼らは鉛板で覆われた運転席に座りビデオカメラで遠隔操作しながらコンクリートポンプ車を操作する訓練を受けた。その作戦に従事すれば全員釈放される約束だった。3カ月近く続いた石棺作戦は成功した。しかし、3年以内に被ばくのせいで彼ら全員が死んだ。

    27日から新たにコンクリートポンプ車を3号機の冷却に導入した。
    キリンを導入してから、定常的かつ安定的な注水ができるようになった。

    この本には直接現場で活躍した東京消防庁ハイパーレスキュー隊や東電工業社員の他に、それに関係した色々なことが書かれてある。

    たとえば東京消防庁ハイパーレスキュー隊は愛や義侠心だけで動いたのではない。
    管総理が石原都知事に頭を下げて頼んだから、都知事から指令が出てそうなったことが書かれてある。

    また事故現場でのがれきの山をこえながら建屋までたどりついて、扉をあけさせるのをアメリカのロボットにさせたのだが、もともと日本でそういうロボットが開発する計画があった。試作品もつくられたのだが、いつしかロボットは製作中止となった。
    それは東京電力が原発はそういう事故が起こることはありえないからとロボット開発研究を打ち切ったからである。
    (同様に、津波で非常用電源が止まった場合のことを考えて対策をとる研究も提案されたのだが、そういうことはありえないとして東電からストップされたという話をどこかで読んだことがある)

    結局
     自衛隊のヘリ放水 → 東京消防庁ハイパーレスキュー隊の放水 → 東電工業のキリンによる放水
    となるのだが、実は自衛隊の前に、機動隊の高圧放水車による放水があったのだが、これは放水量が少なくあまり効果がなかった。しかし、放射能被ばくの危険をおかしながら放水作業をしたことで、現場活動のノウハウを関係者に与えたことになり、以後の自衛隊のヘリ放水や東京消防庁ハイパーレスキュー隊の放水ということにつながったのである。


    それにしても
    この本は読みにくい。
    時系列で書いていない。

    東電や政府や各省庁や地方自体やその他の
    違う視点でそれぞれ何度も
    同じ対象について述べている。

    だから繰り返しの記述もあれば
    違う立場なので、他の言うことを否定したり修正したりする発言もある。

    著者は色々多くの資料や証言を集めたので
    それらを省略せず、いちいち書き留めたいのだろうけど
    読む方はなかなか大変である。 疲れる。


    [No.157] 自衛隊のヘリ放水 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/25(Sat) 14:55
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    船橋 洋一・著
     カウントダウン・メルトダウン 上巻 (2012.12)

    > 日本の「救世主」ハイパーレスキュー隊

    > 見えない「敵」との戦いだった。
    > 福島第1原発事故で3月19日未明の放水活動を行った東京消防庁ハイパーレスキュー隊。
    > 廃墟と化した原発内で被曝しながら、ホースを手作業で広げる決死の作業だった。

    > 海水を1分間に約3トン送り出すホースは太くて重い。ホースの重さは50メートルで約100キロ、それをロープで引っ張り4人がかりで運ぶ。
    > 敷設は約350メートルで、足場は悪く、危険な作業だった。

    > 約20人が車外に出ての作業。車外作業者には、放射線量を測る隊員から危険度を知らせる声がかかった。

    > 作業は約15分で完了し、屈折放水塔車は白煙を上げる3号機に向けて、19日午前0時半、放水を開始。20分で約60トンを放水した。

    このハイパーレスキュー隊の放水作業の前に
    まず自衛隊によるヘリコプターからの放水は
    17日午前10時1分までに合計4回、約30トンが投下された。

    その成功は、株価を反転させる効果をもった。
    前日の16日までは、東京証券取引所(東証)は、地震以降3日連続して全面安が続いた。
    15日の東証の終値は、前日比1015円安。大阪証券取引所(大証)で、日経平均先物は2年ぶりに8000円の大台を一時割り込んだ。

    それが17日、自衛隊の放水後、先物が買い戻され、18日に日経平均株価は9200円台を回復した。

    北澤は自衛隊の放水作業の成功を喜んだが、ワシントンは複雑な受け止め方をした。

    米政府は、管政権が震災後6日も経っているのに、福島第一原発事故の収拾のために自衛隊を投入せず、東京電力に対応をゆだねていることに強いいらだちを感じていた。

    したがって、自衛隊の空からの放水作戦は、日本政府がようやく一丸となって原子力災害危機に取り組むことを示した点で好ましかった。

    ただ、その作戦自体については、それがはたしてどれほど効果があるのか、疑っていたし、どれほど持続的な効果を持ちうるのかについてはもっと疑っていた。

    「大津波襲来による電源喪失から1週間が経過したその日、日本という大きな国家がなし得ることがヘリ一機による放水に過ぎなかったことに米政府は絶望的な気分さえ味わったのです。しかも、自衛隊の必死の作戦にもかかわらず、投下した水は原子炉冷却に効果があったようには見えませんでした」

    上記の本には、日本政府の対応のまずさが、これでもかこれでもかと書かれている。


    [No.156] Re: 震災懐中電灯 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/25(Sat) 11:15
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    > > 非常用の懐中電灯です。
    > >
    > > 電池いらずの手動発電タイプです。
    >
    > これはライトをつけた時。

    小さいから狭いところしか照らせません。

    そして
    これは発電・充電する時です。
    何度も握り続ける。


    [No.155] Re: 震災懐中電灯 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/25(Sat) 11:12
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    画像サイズ: 572×286 (24kB)
    > 非常用の懐中電灯です。
    >
    > 電池いらずの手動発電タイプです。

    これはライトをつけた時。


    [No.154] 震災懐中電灯 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/25(Sat) 11:11
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    画像サイズ: 532×362 (31kB)
    非常用の懐中電灯です。

    電池いらずの手動発電タイプです。

    これは普段の保管の時。


    [No.153] Re: 災害に強い情報社会 投稿者:男爵  投稿日:2013/05/25(Sat) 09:26
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    > 本條晴一郎/遊橋裕泰 
    >   災害に強い情報社会 東日本大震災とモバイル・コミュニケーション
    >           NTT出版
    > http://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100002240

    > 大震災が起こって、これはある程度予想されたことだが
    > モバイル・コミュニケーションは十分に機能しなかった。
    >
    > 地震や津波によって通信設備や伝送路が破壊されたり、停電に続く非常用バッテリーの枯渇により基地局設備が稼働できなくなったりと原因は様々だった。

    情報通信の分野からみて、東日本大震災ははじめて起こった大災害ではない。
    過去にも様々な災害が起こり、そのたびに通信インフラへ様々な災害対策が施されてきた。

    古くは1968年の十勝沖地震において、北海道と本州を結ぶ海底ケーブルが切断されて北海道が一時通信孤立の状態に陥った。
    これを契機として1970年代、中継伝送路が2ルート化されることになる。

    また自然災害ではないが、1984年の世田谷ケーブル火災では、とうどう*内の作業中に火災が発生し、世田谷電話局に収容していた固定電話約8万9千回線、警察の110番や消防の119番、三菱銀行のデータセンターなどが不通となった。
    都市で発生した通信障害としては最大規模で、完全に復旧するまでに9日間を要した。
    以降、全面的に難燃ケーブルを採用していくことになる。

      「とうどう」とは、通信ケーブルやガス管や送電線などのための
      専用管路トンネルであり  
      保守作業に人が入ることのできる管径のもの。

    その後も1993年の北海道南西沖地震では可搬型衛星局を、1995年の阪神・淡路大震災では災害用伝言ダイヤルを開発していく。
    ケータイの災害用伝言板が開発されたのも、2003年の三陸南地震がきっかけであった。

    東日本大震災からは何を教訓として、どのような対策がおこなわれていったのだろうか。

    震災発生から半年間に携帯電話事業者がおこなってきた災害対策について
    津波被災地域の人々に評価を聞いたら次のようになった。
    (各事業者の対策は少しずつ異なるが、ここではNTTドコモについて説明する)

    評価された対策の上位5つは、1位が「通信エリアの回復」で74.2%、2位が被災者に対する「基本料金無料化」で51.9%、3位が避難所などへの「全事業者対応充電器の設備」で48.9%、4位が「災害用伝言板の提供」で44.6%、被災地の自治体や支援団体ーの「衛星・携帯電話の無料貸出」で44.2%であった。
    金銭的支援もさることながら、上位を占めるものは通信確保のための取り組みであり、情報通信サービスではやはり「つながる」ことが何より大切だと認識されていたのである。

    ここで数値的には評価の低かった24.9%「復旧エリアマップの公開」について少し補足しておく。
    従来、通信ネットワークに障害が発生した場合には公式Webサイトおよびiモードのメニューページにおいて文字情報で告知をおこなっていた。
    だが、復旧・復興で現地入りする支援者には土地勘がないため、文字情報が役に立たない。
    また、同時に無料貸出携帯電話や充電コーナーの設置場所、さらにはサービスエリアだけでなく数段階に分けられた復旧予定も案内する必要があったため、地図の上にこれらのすべてを記載して情報提供した。
    支援機関・団体からは評価されたものの、公開時期が3月20日であったことから被災地で告知する有効な手段がなかった。
    したがって現地ではほとんど知られていなかったため、希求されていた情報であったにもかかわらず評価が低いのは、認知度の問題と考えられる。

     役立ち情報を載せても、肝心のケータイやインターネットが使えない環境ではどうにもならない。ソフトより最小限のハードがまず必要ということ。

    東日本大震災の経験に基づいて、今後次のような対策が取られている(NTTドコモの例)。

    1.大ゾーン基地局の設置
      アンテナ基地局のカバー範囲をゾーンと呼ぶ。平常時、一つの基地局は半径数百メートルから数キロメートルのゾーンを形成し、それらが隣接しあって、サービスエリアが形成されている。
      大規模災害などで停電が長引いた場合に、これら基地局の予備電源が枯渇することとなる。
      そこで、発動発電機などを備え、強固に守られた大ゾーン基地局が、周辺の基地局に代わって単独でサービスエリアを形成する。
      大ゾーンの半径は7キロメートルほどの広さだが、複数の基地局でエリア形成している平常時と比べて処理能力は落ちることになる。
      これを都市部を中心に全国104カ所に設置することで、人口の約35%をカバーすることができる。
      NTTドコモでは、2012年3月末までに全国で大ゾーン基地局の設置を完了した。

    2.基地局の無停電化・バッテリーの24時間化
      東日本大震災で停滞したアンテナ基地局の多くは、長時間の停電で予備電源が枯渇したことが原因であった。
      NTTドコモは、全国約700カ所の基地局に発動発電機を設置して無停電化し、約1000カ所の基地局でバッテリーを24時間分に増強した。

    3.衛星・マイクロエントランスの充実
      ケータイの通信インフラは、アンテナ基地局から先、交換機まで光ファイバーの伝送路でつながれている。 
      東日本大震災でも多くの伝送路が流出・損傷したが、これらを修復するのに役に立ったのが、車載型や可搬型の衛星・マイクロエントランスである。
      衛星・マイクロエントランスは、基地局から交換機までを臨時の衛星回線やマイロク波の無線回線でつなぎ直すための設備である。

    4.災害用音声お届けサービスの提供
      災害時に通話サービスがつながりにくくなった場合、比較的輻輳に強いパケット通信方式で音声メッセージを伝える非常時専用のサービスが開発された。

    5.Twitter および Google Person Finder との連携
      NTTドコモが運用しているiモードのトップメニューやスマートフォン向けのdメニューで、公共交通機関や報道機関の Twitter アカウントを一覧表示。
      災害時にその場でタイムリーな災害関連情報を簡易に収集できるようにした。
      また、災害前から携帯電話事業者各社は災害用伝言板に登録された安否情報を相互に参照できるようにしていたが、さらに Google Person Finder(Webサイト) からも検索できるようにデータ連係をおこなうことにした。


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