画像サイズ: 1152×864 (97kB) | そういえば マカオと日本をつなぐポルトガル人がいたことを思い出しました。 日本人女性と暮らして、彼女が亡くなると四国徳島で彼女の墓を死ぬまで守った知日家です。
モラエスの簡単な履歴書 1854年にポルトガルの首都リスボンに生まれる。 海軍学校を卒業後、ポルトガル海軍士官として奉職。 1889年に初来日。マカオ港務局副司令を経て、外交官となる。 1899年に日本に初めてポルトガル領事館が開設されると在神戸副領事として赴任、のち総領事となり、1913年まで勤める。
モラエスは1902年から1913年まで、「コメルシオ・ド・ポルト(ポルト商業新聞)」に当時の日本を紹介して、それらは「Cartas do Japão(日本通信)」という6冊に本にまとめられた。
神戸在勤中に芸者ヨネ(本名福本ヨネ)と出会い、ともに暮らすようになる。 1912年にヨネが死ぬと、13年に職を辞し引退。ヨネの故郷である徳島市に移住した。 ヨネの姪である斎藤コハルと暮らすが、コハルにも先立たれる。 1929年、徳島市で死ぬ。 |