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大正時代のお正月

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通常 大正時代のお正月

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2005/12/30 10:10
リフレー  新米 居住地: 此岸  投稿数: 20
私の幼年時代大正 6.7年(1918.9年)頃の想い出

元日(一月一日)朝目を覚ますと枕元に母が用意してくれた新品の衣類一式が目に入る、これは男の子にとっては大した喜びではないが、姉などは喜びの歓声を上げて居た記憶がある

下着類は現代と大差ないと思いますが、大きく違うのは、足袋《たび》です、新しい足袋を履《は》くことは大変な事でした。特に,こはぜ《合わせ目を止める爪型の金具》 を掛けることは子供にとっては至難の業でした

日が昇ると、これは後年知った事ですが、三河万《みかわまんざい=江戸時代愛知県に始まった皷打ちと太夫でこっけいな掛け合いで祝言を述べるもの》とか厄《やく》払いの獅子舞《ししまい=しし頭を被って舞う新年の祝い》が戸別に廻って来て、お祝儀を上げて居た様ですが、私は あの獅子舞が怖くて奥に逃げ込んだものでした。

小学校時代の一月一日は 紺絣《こんがすり=かすりを織り出した木綿織物》の着物、羽織に縞《しま》の袴《はかま》を穿《は》いて学校へ 講堂に全員集合後皇居の方(私共の場合)東方に向かって、先生の号令で、皇居に向かって最敬礼 直れ のあと厳かに、校長先生の教育勅語《=明治天皇が下された教育に関する勅語、学校で祝祭日に朗読が義務付けられた》の奉読、

再度最敬礼のあと浅い敬礼に戻って拝聴、御名御《ぎょめいぎょじ=天皇の名前、はんこ》で最敬礼 直れ 続いて国歌君が代と 一月一日の 奉祝歌、年の初めのためしとて を斉唱 その後先生の訓辞などあって、式終了 お祝いのお饅頭《まんじゅう》を頂いて 解散。

あと 家庭での遊びがありますが、別項にて
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