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叔父の話      Arthur

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2023/10/10 23:56
編集者ze  モデレータ   投稿数: 56
叔父の話      Arthur


▼これは、特攻に行って帰ってきた叔父の話です。

▼高倉健主演の「蛍」という映画をご覧になったでしょうか?
特攻で生き残った主人公の生き様、戦友の家族を訪れ墓参をする、戦友は蛍になって帰ってくる。
この映画の一部は、叔父がモデルになっています。

▼戦時中に叔父は、飛行訓練をあちこちでやり、大分の基地から南方のトラック島や歌になった
ラバウルなどの戦地へ行き、戦闘を経験している。この間何回も死地をさまよっている。

▼最後は、鹿児島の国分基地から特攻出撃し、戦闘で傷を負い意識朦朧の体で知覧基地に不時着した。
知覧基地においてある零戦は叔父が乗っていた物だと思う。

▼詳細は、叔父の書いた「水平線:ソロモンから沖縄特攻まで 
零戦・艦爆搭乗員の記録」という小冊子に記してある。

▼題字は父が書いた物である。知覧の記念館に置いてあったと思う。
南日本リビング新聞社の刊行「零戦にかけた男」でもある。

▼戦後、警察予備隊・自衛隊と仕え、退官後は日本国中の戦友の墓参りをされた。
海外のメディアや、米軍で沖縄戦で戦った元戦闘機乗りも叔父を訪ねてきた。

▼「戦争は絶対にしてはならない」。激戦を必至でくぐりぬけた叔父の言葉である。
小・中学校での講演もずいぶんやった。

▼数年前に亡くなったが、戦闘の傷跡の破片がたくさんあったと聞いている。
晩年の叔父に、どこか行きたいところはありませんか と問うたことがある。
特攻の訓練をした台南に碑がある。そこに行きたい。残念ながら実現しなかった。

▼気骨のある叔父であった。
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