弐銭銅貨。一文菓子屋。 変蝠林
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- 弐銭銅貨。一文菓子屋。 変蝠林 (編集者, 2011/7/12 8:24)
- Re: 弐銭銅貨。一文菓子屋。 マーチャン (編集者, 2011/7/12 8:26)
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投稿日時 2011/7/12 8:24
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
はじめに
スタッフより
この投稿(含・返信)は、メロウ倶楽部の公開サイト「大正の部屋」への投稿(2008/11/23)を、投稿者またはご家族(含・返信者)のご承諾を得て転載するものです。
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何時も御小遣いは一日壱銭でした。
五厘、と半銭も通用して居りました。
其れで近所の駄菓子屋に通いました。
偶に来客から弐銭銅貨を貰いました。
径が四糎もある其れは重量感が有りました。
弐銭銅貨を使う時は度胸が必要だった記憶。
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
変蝠林さん、大正生まれの皆様
引用:
ええっ。弐銭銅貨というのがあったのですね。
2000年に「二千円札」というのが出ましたが
(その後余り目にすることはありませんが)
それまで、私はお金はの単位は「1」「5」しかなかったものとばかり思っていました。
また、当時というのは、大正末期から昭和初期のことでしょうか。
当時の駄菓子屋さんは、どんなものを売っていたのですか。
引用:
何時も御小遣いは一日壱銭でした。
五厘、と半銭も通用して居りました。
其れで近所の駄菓子屋に通いました。
偶に来客から弐銭銅貨を貰いました。
径が四糎もある其れは重量感が有りました。
弐銭銅貨を使う時は度胸が必要だった記憶。
ええっ。弐銭銅貨というのがあったのですね。
2000年に「二千円札」というのが出ましたが
(その後余り目にすることはありませんが)
それまで、私はお金はの単位は「1」「5」しかなかったものとばかり思っていました。
また、当時というのは、大正末期から昭和初期のことでしょうか。
当時の駄菓子屋さんは、どんなものを売っていたのですか。
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
引用:
また、当時というのは、大正末期から昭和初期のことでしょうか。
当時の駄菓子屋さんは、どんなものを売っていたのですか。
大正十五年の入学ですが昭和何年まででしょうかね。
昭和五年の卒業までには相当の変化がありましたね。
六年生の頃には、少年倶楽部が50銭でしたからね。
お駄賃を貰ったのは二年生くらい迄ではと思います。
駄菓子屋では先ず、おでん、ところてん、ラムネ?
尤も、お小使い一銭はガッコウに行くまでの話です。
めくりなんてのがあって、宝籤買いは今でも惰性で。
特記:
肺病病みの親戚に見舞いに行く時、敷島を吸わされ。
当時、煙草と煙草盆は普通家庭の必需でありました