私が読んだ本 
(期間:2011.11.1 - 2011.12.31)

 子どもの時から今に至るまで、たくさんの本を読んできました。
 そこで、みなさんが読まれた本を紹介してください。
 元気の出る本でもいいし、楽しい本でもいいし
 役に立つ本でもいいです。
 電子図書のことでもいいです。


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  • [No.534] Re: 山中峯太郎:亜細亜の曙 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/13(Tue) 07:29
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    間違い発見

    >  007や仮面ライダーは世界制服をたくらむ悪の一味に敢然と戦うのだが、正義のヒーローが、相手が○国だとすれば、このようなスパイ小説となる。

    世界制服 → 世界征服 でしたね。

    何度か見てからアップしているのですが
    やはり校正しきれていない。

    ここは書いてしまってから訂正がきかないから
    やむをえません。

    山中峯太郎は戦後に公職追放になったのですが
    本人は自分の作品はフロンティア・スピリッツであって
    公職追放されても自分は無実であると主張しています。

    私が読んだ
    日本児童文学大系20巻 ほるぷ出版
    の解説には
    上 笙一郎(かみ しょういちろう)のわりあい好意的な山中峯太郎解説
    が紹介されています。
     アジアの民衆の苦しみをともに苦しもうとするナショナリズムからはじまったが
     国際情勢が変わり、日本国家の対アジア政策が変貌すると
     山中峯太郎が誠意を込めて書いた理想小説も、日本国家の対アジア侵略政策の
     一部として巧みに利用されてしまった。
    なお、上 笙一郎は本名山崎健寿、児童文化研究家で、あの「サンダカン八番娼館」を書いた山崎朋子の夫です。

    上 笙一郎はともかくとして、山中峯太郎は日本軍国主義の片棒を担いだ作家というのがどうも支配的な見方のようですね。


    [No.533] Re: 「唐詩選」上・中・下 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/13(Tue) 05:34
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    唐辛子紋次郎 さん さんらく亭さん 安房守さん  おはようございます

    > 期間限定会議室、探し当てました。
    > 此処にも一人漢詩大好き人間がいます。
    > 酒泉に行った際に真っ先に買い求めたのが夜光杯、安物ですが今でも大事にして居ります。

    安房守さんは夜光杯をもっておられるのですね。

    それはすばらしい!


    [No.532] Re: 「唐詩選」上・中・下 投稿者:   投稿日:2011/12/12(Mon) 21:58
    [関連記事URL:http://homepage1.nifty.com/AWA/

    訂正です、「飲酒八仙歌」は「飲中八仙歌」です。


    [No.531] Re: 「唐詩選」上・中・下 投稿者:   投稿日:2011/12/12(Mon) 21:52
    [関連記事URL:http://homepage1.nifty.com/AWA/

    唐辛子紋次郎 さん  男爵さん  さんらく亭さん 今晩は

    期間限定会議室、探し当てました。
    此処にも一人漢詩大好き人間がいます。
    酒泉に行った際に真っ先に買い求めたのが夜光杯、安物ですが今でも大事にして居ります。
    私は書が趣味で最近は杜甫の「飲酒八仙歌」など書いて居りましたが、
    最近、中国名詩選を読み、「詩経」の「桃天」などから漢詩を読み直し、書き始めてます。
    常に酔眼朦朧での書きなぐりです。
    http://blog.goo.ne.jp/awakami

    安房守







    > > >  下巻には、『牀前、月光を看る 疑うらくは是れ地上の霜かと』で始まる李白の「静夜思」、『春眠暁を覚えず』の、孟浩然「春暁」が入っている。
    >
    >
    > 井伏鱒二の訳詩がまたいいですね
    >
    >
    >   「静夜思」  李白
    > ネマノウチカラフト気ガツケバ
    > 霜カトオモフイイ月アカリ
    > ノキバノ月ヲミルニツケ
    > ザイショノコトガ気ニカカル
    >
    >   「春暁」   孟浩然
    > ハルノネザメノウツツデ聞ケバ
    > トリノナクネデ目ガサメマシタ
    > ヨルノアラシニ雨マジリ
    > 散ッタ木ノ花イカホドバカリ
    >
    >
    >           さんらく亭@甲子園


    [No.530] Re: 「唐詩選」上・中・下 投稿者:   投稿日:2011/12/12(Mon) 21:30
    [関連記事

      さんらく亭@甲子園さん、みなさん、

    > 井伏鱒二の訳詩がまたいいですね
    >
    >
    >   「静夜思」  李白
    > ネマノウチカラフト気ガツケバ
    > 霜カトオモフイイ月アカリ
    > ノキバノ月ヲミルニツケ
    > ザイショノコトガ気ニカカル
    >
    >   「春暁」   孟浩然
    > ハルノネザメノウツツデ聞ケバ
    > トリノナクネデ目ガサメマシタ
    > ヨルノアラシニ雨マジリ
    > 散ッタ木ノ花イカホドバカリ

    井伏では、于武陵(ウブリョウ)「勧酒」の

      コノサカヅキヲ受ケテクレ
        ドウゾナミナミツガシテオクレ
        ハナニアラシノタトヘモアルゾ
        「サヨナラ」ダケガ人生ダ

     も、あっしは好きです。(*^_^*)



              


    [No.529] Re: サンデーとマガジン 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/12(Mon) 20:07
    [関連記事

    >  大野茂:サンデーとマガジン、光文社新書400
    >
    > 昭和30年代に全国的な漫画批判があった。
    > 漫画ばかり読んでいると馬鹿になる。

    それでもニーズはしっかりあった。マンガは売れていた。

    1958(昭和33)年
    2年前に創刊された「週刊新潮」の表紙の谷内六郎の絵が印刷されたマッチ箱を
    駅前で配っているのを見た小学館の豊田亀一は
    「そうだ、子どもの週刊誌って、まだないな....そろそろやってもいいんじゃないかな」と考えた。

    こうして小学館は翌年5月5日に新しい週刊誌「少年サンデー」を出すことにして準備をはじめた。
    しかし、どこでかぎつけたのか、講談社も対抗して「少年マガジン」を発行することになった。

    それから大変、互いに相手より一日でも先に出そうとして、発売日はだんだん早くなっていった。

    結局、両方とも3月17日に発売した。

    「少年サンデー」と「少年マガジン」、ふたつの週刊誌は人気漫画家の争奪戦を演じた。また、新人漫画家の発掘にもつとめた。
    結果的には漫画家という職業に日の光があたるようになって、漫画家をめざす若者が増えていった。

    そんな中で、トキワ荘の寺田ヒロオの運命が変わっていったのである。

    赤塚不二夫の「おそ松くん」は人気が急上昇したが
    「おそ松くん」の繰り出すギャグの破壊力は、意外なところへの余波も生じさせた。
     それまで手塚治虫と並んで少年サンデーのイメージの牽引役だった寺田ヒロオの影が、徐々に薄くなっていったことだ。

     そもそもが、少年マガジンの「ちかいの魔球」で、寺田ヒロオの「スポーツマン金太郎」は古いタイプのマンガだというレッテルを貼られてしまっていた。そこに持ってきて、従来の概念を覆す赤塚ギャグが身内の少年サンデーから現れた。寺田にしてみれば、サンデー、マガジンの内外両面から自己の作品を時代遅れだと言われたようなものである。

     「小学三年生」から「少年サンデー」に移籍した高柳には、こんな切ない思い出があるという。
    「おそ松くん」の連載を始めてしばらく経って、居酒屋で寺田とお酒を飲んだときの会話。
    「高柳さん、『おそ松くん』ね、あんなマンガやめなさい」
    「何でですか」
    「子どもは、おいしいものがあると駄菓子屋と同じで、すぐ取って口にやると、それで体を壊して虫歯もできる。そんな子どもが手に取るようなものばっかりやっちゃいかん」
    「寺田さんと赤塚さんは、トキワ荘の親分・子分の関係じゃないですか。そんなこと言わないで下さいよ」
    「やっぱり子どもは、育てる、守ってやる、与えるという存在ですよ。良い物を与えるというのが俺たちの務めだ」
    「赤塚さんは、子どもを応援してやろう、子どもにはやっぱり好きなことをやらせてやろうっていう姿勢なんですよ」
    寺田は杯をぐいっと空けるとぼやくように言った。
    「高柳さんは、どうも赤塚におかされたなぁ...」
    その後も、高柳とお酒を飲む度に、寺田は同じことを繰り返し愚痴ったという。
    「そこは、寺田さんと赤塚さんの子どもに対する考え方・感覚の違いなんです。両方とも正しいと思う。サンデーは、両方とも大事にしたかった」(高柳)


    [No.528] サンデーとマガジン 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/12(Mon) 19:12
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     大野茂:サンデーとマガジン、光文社新書400

    昭和30年代に全国的な漫画批判があった。
    漫画ばかり読んでいると馬鹿になる。

    1955(昭和30)年1月21日
    第四回青少年問題全国協議会で、「青少年に有害な文化財に対する決議」が行われる。
    それを受けて、翌22日、時の内閣総理大臣鳩山一郎が、衆議院本会議の施政方針演説で、以下のような発言をした。

      (前略)覚醒剤、不良出版物等のはんらんはまことに嘆かわしい事態でありますが
      特にわが国の将来をになうべき青少年に対して悪影響を与えていることは
      まことに憂慮すべきことであります。政府としては、広く民間諸団体の協力を
      得まして、早急にこれが絶滅のため適切有効な対策を講じ、もって明朗な
      社会の建設に邁進したいと存ずるのであります。(後略)

    鳩山は不良出版物が具体的に何であるかは言及していない。
    しかし、この鳩山発言をすぐに新聞が取り上げ、「悪書追放運動」は各地に飛び火し、燃え広がることになってしまう。
    運動が全国に広がる過程で、抗議行動は次第に過激さを増し、ある小学校ではマンガを校庭で焚書するなどの行為にまでエスカレートしてしまう。
    実際に火をつけて燃やされた本のなかには、手塚治虫の代表作である「鉄腕アトム」までもが含まれていた。

    「俗悪なマンガから子どもたちを守らなければならないっ!」
    と声高に叫ぶ教育ママたちに対し手塚は
    「活字文化が、子どもたちの精神的成長の上で主食としての役割を果たすことは当然としても、子どもたちはオヤツも必要だ。マンガは、そのオヤツとして認められてもいいのではないか」と反論を繰り返した。


    同じようなことを明治末にも言われたことがある。

      ーーーーーーー

    マンガは悪書だと騒がれていたその時から半世紀ほど前
    今から遡ること100年ちょっと前、明治末期の新聞にこんな記事が載せられていたという。

    近年の子供は、夏目漱石などの小説ばかりを読んで漢文を読まない。これは子供の危機である。

    歴史は繰り返される。文豪の作品もまた、悪書だったのである。
     


    [No.527] Re: 「唐詩選」上・中・下 投稿者:   投稿日:2011/12/12(Mon) 18:52
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    唐辛子 紋次郎 さん 男爵さん
    >
    > >  下巻には、『牀前、月光を看る 疑うらくは是れ地上の霜かと』で始まる李白の「静夜思」、『春眠暁を覚えず』の、孟浩然「春暁」が入っている。


    井伏鱒二の訳詩がまたいいですね


      「静夜思」  李白
    ネマノウチカラフト気ガツケバ
    霜カトオモフイイ月アカリ
    ノキバノ月ヲミルニツケ
    ザイショノコトガ気ニカカル

      「春暁」   孟浩然
    ハルノネザメノウツツデ聞ケバ
    トリノナクネデ目ガサメマシタ
    ヨルノアラシニ雨マジリ
    散ッタ木ノ花イカホドバカリ


              さんらく亭@甲子園


    [No.526] Re: 「唐詩選」上・中・下 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/12(Mon) 16:17
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    唐辛子 紋次郎 さん

    >  下巻には、『牀前、月光を看る 疑うらくは是れ地上の霜かと』で始まる李白の「静夜思」、『春眠暁を覚えず』の、孟浩然「春暁」が入っている。また『朝に辞す 白帝 
    > 彩雲の間』でご記憶だと思う李白の「早発白帝城」同じ作者の『峨眉山月歌』もよく書道展などで見かける。

    これらの漢詩はいいですね。

    >  現在、葡萄酒はヨーロッパが本場のようにいわれているが、『葡萄の美酒 夜光の杯』で始まる王翰に「涼州詞」がある。

    夜光杯は玉でつくったいわゆる玉杯の中でも高級品です。
    シルクロードの現地で買っても高いです。


    [No.525] Re: わが人生の歌がたり 投稿者:男爵  投稿日:2011/12/12(Mon) 16:13
    [関連記事

    > > 五木寛之が深夜ラジオ便で
    > > 語り、当時の流行歌をかけて聴く番組であった。

    五木寛之は美空ひばりを高く評価していた。

     一時期、「美空ひばり論争」というものがあって、羽仁五郎さんなどの進歩的な文化人の間で、「美空ひばりのような歌い手が、大衆に好まれている間は、日本もまだ本当の文明国ではない」という議論が盛んに交わされました。そのころ私はずいぶん頑張って、美空ひばりさんの歌を擁護したものです。
     心のなかでは口ずさみながらも、流行歌が好きだなんてインテリは言いづらい時代でもありました。大学の先生で、美空ひばりが大好きな人が、家のなかでは熱心に聴いていても、お客が来ると慌ててラジオを消して歌声が漏れないようにしたなんて話があるくらいです。
     その後、「思想の科学」という評論誌などで、歌謡曲論が展開されるようになって、寺山修司さんなどが、積極的に擁護する発言をしたり、歌謡曲の詞を書いたりするようになってから、少し変わってきました。それでも、私が小説家になってから、藤圭子という歌手を絶賛したときには、「なんだ、作家が流行歌手のお先棒を担ぐのか」と、みんなからずいぶん笑われたことがありました。

    そういうわけで、五木寛之は
    この時代に突然登場した美空ひばりの「悲しき口笛」をあげて
    音程の正確さとか、微妙に音程をずらす、そのずらし方とか、リズム感とか、言葉の表現力、声量、音域の広さ、どれをとっても歌手としてすごい技術の持ち主で、天賦の才があったとほめている。

    歌謡曲は大衆芸術で、芸術といえるものではない、芸術とは西欧のクラシックみたいな高尚な音楽だというは、どうも日本特有の考え方のようである。

    たとえば、タンゴとかジャズなど、貧しい下層階級の間で生まれたとされるが、世界で通用する音楽芸術である。

    音楽を芸術的なものと大衆的なものにわける日本特有の見方は
    西洋にはないということを、西條八十や古賀政男などもものの本に書いている。

    同様のことは、加太こうじも書いている。
    「.....同じ歌をテナーの藤原義江が歌うと芸術になり、芸者の市丸が歌うと芸術ではないというのは、芸術主義者やプチブルが芸者や民衆を軽視しているから勝手にそうきめたのである。ここからが芸術、ここからが非芸術という区別はできないのに、自分に都合のいい芸術だけを認めているのだ。.....」
    http://www.mellow-club.org/cgibin/free_bbs/11-semi5/wforum.cgi?no=519&reno=518&oya=518&mode=msgview

    文学の世界もしかり。
    高校の英語で、教科書のデュマの「モンテ・クリスト伯」を読んだとき
    英語の先生は、欧米では日本のような、純文学と大衆小説という区別はない
    と教えてくれました。

    明治になってそれまでなかった西洋の文学や音楽などの文化を輸入したとき
    いわゆる日本の文化人が自分の考えで、これは高級、日本のはそうでないから低級と
    分けてしまったようです。
     舶来主義といってしまえばそういうことなのかもしれません。


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